懸想の影・掌編『だいすき』
「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん…」
合計で1000万円弱の預金が記載された通帳が、由仁の手元にあった。
形だけの『実家』から、出産間際に盗み出したタンス預金のようなもの。おそらく、この金額が無くなったことは流石に戸籍上の両親は気付いているとは思うが、変なところで借金をしたりして『名誉を傷付けられるような事』を何よりも嫌う父であったため、何も言わないだろうと想定された。
むしろ手切れ金くらいに思っているかもしれないし、この金を渡したのが母だという事で折檻でもされているのかもしれない事は容易に想像がついたが、どれも由仁にはどうでも良かった。
「悠理、おいで。お散歩行こう」
「う」
よちよちと歩き始めたばかりの悠理に靴を履かせ、玄関のドアを開けた。
若くして身篭って無謀にも出産したシンママ。特に仕事もしていないようだし一体なにをしているのかしら。親の顔が見てみたい。
どれも言われ慣れた陰口で、由仁にとっては痛くも痒くもない。
『親』というのがなんなのか、『親』の顔を見てみたいのは自分自身だと悪態をつきながら小さな小さな娘の手を繋いで散歩がてら買い物に行く。
金はある。しかし親子二人でこのまま生活するのも、3年が限界だろう。贅沢はできない。けれど、自分のように『惨め』な思いはさせたくない。
由仁は悠理の手を引いて店内を歩く。
「かーたん、こえ、こえ」
悠理の声に目線を向けると、悠理が好んで食べていたためよく与えていたボーロ菓子を指している。
このくらいの可愛いオネダリなら、と由仁は目線を合わせるようにしゃがんで自分によく似た顔の娘を見つめて笑みを浮かべる。
「悠理、いっこだけ。約束できる?」
「う!」
ちょこんと大人の真似をして頷く悠理を見て、愛おしさに胸がいっぱいになる。
「かーたん、ちゅき!」
「……おかあさんも、悠理大好きだよ」
──── ああ、私にも『愛する』気持ちがあって良かった。
由仁はたしかに悠理を愛していた。
小春日和の晴れた日のこと。




