ここからはじまる
ベランダに立つ少女は、同じクラスの蘭那さんだった。一度は大丈夫と突き放した彼女だったが、秦野が咄嗟に寒気のようなものを感じ、戻ると自殺を測っていたことがわかった。
なんとかギリギリで救い上げ、泣いている蘭那さんを落ち着かせた秦野は、家へと帰るのだった。
貸したハンカチを忘れたまま……。
帰りにスーパーに寄って、食材を揃えて帰宅。早速、調理に取り掛かろうとした所でスマホに着信が入る。
相手は……。
「もしもしたーくん?!も〜やっと繋がった!遅いよ〜!お姉ちゃんからの電話には2コール以内に出るのがマナーでしょう?」
「ねぇよそんな決まり事!」
実の姉『秦野このみ』だった。
このねぇはなんというか……すごい過保護だ。僕が一人暮らしをすることに、親よりも反対していたくらい。
今日も電話が来るとは思っていたけど、帰ってきて丁度のタイミングで来るとは思ってもいなかった。
「一人暮らし大丈夫?しっかり寝れてる?晩御飯は食べた?学校には慣れた?寂しくない?寂しい?お姉ちゃんが一緒に住んであげよっか?」
「あーもうっ!うるさい!毎回毎回質問攻めばっかりして!大丈夫だってば!もう2ヶ月も経ってるんだし!」
ほぼ毎日この質問攻めをされている。
心配してくれてるのはありがたい事だけど、こうも毎回言われると、いい加減うざったくなってくる。
「でもでも、お姉ちゃんは心配だよ……。」
「それはわかってるよ。心配してくれてありがとう。」
「……っっ!たーくんっ……♡」
何をどうしたら電話口なのにハートマークがわかるくらいの声を出せるんだ。
そんな家族愛の強いこのねぇだけど、毎日は電話してこない。その理由は……。
「電話してきたってことは、新曲は一段落したってこと?」
「あ、うん!今回の曲もめちゃきゃわだよ〜!頑張って作ったから、絶対聞いてね?たーくんっ!」
そう、このねぇは作曲家だ。
しかも、主にポップな曲を作ったり、電波系?といわれるピコピコした元気な曲を作るのが得意なタイプの。
「今回の曲って、Vの子からの依頼なんだっけ?たしか名前は……なんだっけか?」
「『めぐるめく』ちゃん!ぐるぐるお目目がめちゃめちゃキュートな子なの〜!今回の以来の為に動画何本か見たけど心掴まれちゃった!」
「ふーん。」
電話でこのねぇの話を聞きながら買ってきた野菜なんかを冷蔵庫にしまう作業をする。
「そんなにかわいい子ってことは、今回もかわいい感じの曲作ったの?」
「うん!私、かわいい曲しか作りたくないし!……というか、『このみん』に作曲依頼するってことは、そういう曲を求めてるって事でもあると思うし。実際好感触だったよ〜!」
このねぇは『このみん』という作曲者名義で活動していて、この名義で提供した楽曲は全部かわいい曲で埋め尽くされている。
その界隈の人からは、作曲者の名前を見ただけで「神曲確定」と言われたりするほどには、それなりに有名な作曲家だったりもする。自慢の姉だ。
「たーくんはもうお友達は出来た?」
うっ。
自慢の姉が聞いて欲しくない質問で俺を虐めてくる。
「はぁ……このねぇ、僕に友達なんて……。」
いつも通りの決まり文句を言おうとした時、ふとあの二人の顔が思い浮かんだ。坂原さんと蘭奈さんだ。
この2人とは、もしかしたら。奇跡に奇跡が重なって話す機会ができれば、友達になれるかもしれない。
「たーくん?どうかした?」
「ん、あぁいや……。僕に友達なんて出来ないよ。」
ないか。そんな微小な可能性。
今回たまたま話す機会があっただけ。それだけの話だ。
そんな可能性はない。
……ないはずだけど。期待してしまう。久々に話しかけられて、浮かれているのだろう。
「もー!またそんなこと言って!たーくんは良い人なんだから、絶対友達出来ると思うけどなぁ〜……」
そんなこのねぇの言葉を、いつも通りの愛想笑いで流して、ちょっとだけ話をして電話を切った。
……。電話しながら料理はするもんじゃなかったかも。牛丼の肉はちょっと焦げた。
ジリリリ
今日のアラームは、昨日よりも早く止めることが出来た。
というのも、昨日あまり眠れなかったというのが大きい。昨日の……蘭奈さんの事を考えて、今日会うことを思うと緊張で寝付けなかった。
でもアラームが鳴った。これは覚悟を決めて行かなければならないということである。
重い腰を上げ、立ち上がり、鍵を閉めて外に出る。
いつも通り行っているルーティンのひとつひとつが印象に残る。
緊張で破裂しそうな心臓を抑えながら、何を話せばいいのか、そもそも話すのか?どうするか考えていたらあっという間に学校に着いてしまった。
落ち着こう。いつも通りでも大丈夫。
なんなら蘭奈さん自体、昨日のことを無かったことにしたいと思っているかもしれない。
それならば、いつも通りの日常を繰り返せばいい話だ。
また昨日までと同じメンテナンスを。
そう考えるとなんだか落ち着いた。うん、きっとそうだ。なんとも思ってない!
自分に言い聞かせながら、教室のドアを開ける。
ガラララ……
「あっ!きた!」
「えっ…!?」
教室のドアを開けると、いつもはベランダに居るはずの蘭奈さんが、俺の机の前で立っていた
「えっと……?おはよう?」
「うん、おはよっ」
『挨拶をすると挨拶を返してくれる。』
この関係に感動を覚えつつも、改めて今の状況を理解する。
え?なんで俺の机の前で?たまたまかな……でもいつもベランダに……。
「いやぁ〜やっときた!待ってたよ〜!」
たまたまでも勘違いでも無かった!?
「ま、待ってたって……僕のことを?」
「……?他に誰がいるの?」
本当に僕のことを待ってくれていた。それなのに僕はビビって来るのが遅れて。
あんなことがあって、会うのが気まずいのは間違いなく蘭奈さんの方だと言うのに。
「てかてか!そんなことよりもさ!お話、聞いてくれない?」
そう言って俺の机をポンポンと優しく叩く。座れってことかな?
「あ、あぁ、うん。いいよ。」
理由はどうあれ、朝に人と会って話が出来るなんて……。なんだか友達みたいじゃないか!?すっごい嬉しい!ぼ、僕にもついに友達が?!
……って、そう思ってるのは僕だけかもなのにね。調子に乗って、勘違いするのは良くない。
いや、でも僕のことを待っててくれて?
自分の頭の整理が追いつかないまま椅子に座ると、蘭奈さんは前の席から椅子を持ってきて、対面に座った。
うっ……顔がいい……!
「あ、そうだ。私、しっかりと名前言ってなかったね。自己紹介しといたほうがいいか。」
そういえばそうだった。僕も、恐らくは蘭奈さんも、互いに互いのことを何も知らないんだった。
「改めて『天羽蘭奈』です!よろしくね!」
天羽蘭奈さんか。
なんかすごい珍しい苗字だ、天羽なんて初めて聞いた。天に羽と書いて天羽か。画になる見た目も相まってなんか天使みたいだなぁ。
「あ、あぁよろしく。僕は『秦野大賀』……です。」
なんか改めて名前を言うってのが少し恥ずかしい。相手が初対面じゃない同級生というのもあるからかもしれないけど。
「『秦野大賀』くんか……。秦野くん……。」
蘭奈さ……天羽さんは俺の名前を聞くなり、少し頭を傾げて名前を何度か繰り返して呟いていた。なんか恥ずかしいな。
「そ、それで……お話するんだよね?」
「あ、うん!」
僕の言葉にハッとしてふりかえった。
「じゃあ、今日から私の愚痴を聞いてもらいます…!覚悟しててね!」
そういうと、またニッと笑って見せた。いちいち仕草が全部かわいい。
「えっと……まずは、飛び降りようとした理由から話した方がいいよね。実は…」
「おっはよ〜!!あ!天使ちゃんも一緒じゃーん!」
天羽さんが言いかけたところで、間が悪く坂原さんが教室に元気よく入ってきた。
…天使ちゃん?
「さ、坂原さん?今日は早いんだね?」
「うん!その理由は〜……っととと、秦野くん!昨日はありがとね!」
そういって俺にほほ笑みかける。その笑顔が眩しいほどに輝いて見える…!
「は、秦野くんと、知り合いなの…?」
「ん〜うん!昨日ちょっとね!」
なぜか含みのある言い方をしてくる。素なのかな?
「……そ、そうなんだね!それで、坂原さんは、なんで今日はこんなに早いの?」
「えっとね〜、ふふっなーいしょっ♪」
「あっ!ちょっと!」
坂原さんは、そのまま教室を出てそそくさと廊下の先へ行ってしまった。
……まぁ、多分。昨日僕に押し付けた仕事の裏合わせって所かな?ハンコとかそのまんまだし。
「随分仲がいいんだね。秦野くん。」
ふと目をやると、ジトーっと僕のことを見つめる天羽さんがそこに。
「いや、そうでもないよ。昨日初めて話したし。
頼まれ事やっただけだよ。」
「ふぅーん。」
なんだか、含みのある返事だった。素なのかな?
そんなこんなしていると、徐々に他の人も登校し始めたので、一旦後回しに。
それにしても、すごいことになったな。こんなにかわいい子とお話できるなんて、夢みたいだ。
……でもいいんだろうか。
自分のような、目つきの悪いやつ僕なんかと話していて、天羽さんは何か言われたりしないだろうか。
そんなふうに授業中もずっとぐるぐると思考が巡り巡っていた。
そうこうしていたら、お昼の時間になってた。
最近の学校の校舎には屋根がある。屋上での事故を防ぐために、数年前から実験的につけられたらしい。
この高校もそうなっているようで、屋根にはソーラーパネルが敷かれている。
この電力を活かして、校内にはクーラーが全面的に導入されているなど、色々と新しい高校だ。
そんな高校なので、自分のようなぼっちに優しい屋上の存在は、この高校にはないのだが……。
屋根裏はある。
鍵を開けたその先は、配電盤などが並ぶ、薄暗くてちょっと狭い空間。
多少物置としても利用されているのか、使わなくなった椅子や机なんかもあるので、僕はそれを活用していつも昼ごはんを食べてる。
普段から、掃除とかしてるうちに、先生からの信頼を得られ、ここの掃除をする代わりに合鍵を預かり利用することが出来るのだ。
教室で食べてもいいけど、やっぱり疎外感は感じる。なので、こういう所でひとりでゆっくり食べるのが1番落ち着く。
さてさて、今日は昨日の牛丼の残りを詰めてきた。これを楽しみに昼まで授業を頑張ってきたようなもの、早く食べよう。
「いただきます」
1人だとしても、挨拶は大切だからね。
「ひゃっ!?」
びっくりした。
僕がお弁当に挨拶をかました時だった。甲高い声が、配電盤の裏から聞こえた気がした。
ここの鍵は、先生か僕しか持ってないはず。先生がこんな所で食べるわけないし。
まさか、幽霊?!
確かめたくない!けどこのままだと俺の牛丼が……。
今から教室に戻るのも変だし……。うーん……。
別の場所を探しても良かったけど、好奇心もあったので、声の出処を調査してみることに。
恐る恐る、配電盤の後ろを確認する。そっとそぉっと。ゆっくりと顔を覗かせる。これで何もいなかったら超怖いな……と思いつつ、そこに目をやると。
「へ……?秦野くん?」
そこには、身体を震わせて、絆創膏や包帯を身体に巻いている、変わり果てた姿の坂原さんがいた。




