ドロップアウト
目つきの悪さから、友達が全くできないまま高校まで生活してきた秦野。他人に話しかける勇気もなく、いつかどうにかなるかと、善行を積み重ねる日々。
ある日。頼まれ事を消化した秦野が、放課後の教室で見たのは、ベランダの袖に立つ、1人の少女だった。
教室の扉をガラッと開けた時、僕の目に飛び込んで来たのは、学校のベランダの少し大きな手すりに登り立つ、朝に見た白い髪の彼女だった。
「えっ……」
それを認識した途端に僕はベランダに走り出した!
いやいやいや!待った待った待った!
手すりに立つなんて、もう自殺しますって言ってるようなもんじゃないか!
「ちょっと待っ……!」
と声を出した瞬間。
ガッ。
焦って走り出した結果、机の足に自分の足が引っかかり盛大にずっこけてしまった。
いてて……いや、そんな場合じゃない。早く顔を上げて立ち上がって止めないと!
そう思いばっと顔を上げた時に見えたのは。
ベランダでお腹を抱えて笑う、彼女の姿だった。
ホッとしたのもつかの間、途端にすごく恥ずかしくなってきた。
「ははははは!ふふ……ふふふ……っ!」
にしても笑いすぎじゃないか?そんなにウケる?
そう思いながら、もう急ぐことも無いのでゆっくりと立ち上がった。
「わ、笑いすぎじゃない?」
「だって……ふふっ、あんなに真剣な顔して走ってきて、かっこよかったのに……ふふふっ……」
どうやら笑いのツボが浅いようだ。
まぁ恥ずかしかったけど、自殺を止められたのなら結果オーライかな。
しばらく、彼女の笑いが収まるのを待ってから話をすることにした。
「それで、どうして立ってたの?」
と、聞いた後に思った。
こういうのって赤の他人から聞かれて、ポンポン答えるものではないんじゃないかと。
自殺するほどのことだ、きっと人に言いづらい事なのかもしれない。
「あ、無理に言わなくても……」
「君、よく朝に色々してくれてる人だよね。」
僕の質問には答えず、意外なことを質問してきた。
僕のこと、見えてたのか……。
なんだか、今までの事が報われた気がして、少し嬉しくなった。
「そうだけど……」
「そっかそっか。なんだか運命的な感じするね。」
そう言ってニカッと笑う。
質問には答えずらいのだろうか、逸らした話題を続けようとするが、僕はそれを咎めなかった。
「偉いよね。みんなが来るよりも先に教室来て、教室の掃除とか1人でしてるし。私の事、必死で止めに来てこけちゃうし……ふふっ」
「ぶり返すなぁ……」
ごめんごめん!と口元を楽しそうに隠す彼女は、育ちの良さそうな人にみえた。
そして、そんな彼女に違和感を感じる。
普通、さっきまで自殺しようとしてた人が、こんなに簡単にテンションを変えられるものだろうか?
こんなに楽しそうに笑っているし、明るくていじめられるような子にも思えない。
そもそも、自殺なんてするつもりじゃなかったのか、それとも無理して笑っているだけなのか……。
「ありがとう!でも、もう大丈夫だから!本当……なんか心配かけちゃったみたいでごめんね」
そう言ってニッと笑って机の上に座って見せた。
本当、画になるなぁこの子は。
この様子なら、もしかしたら勘違いしてただけなのかもしれない。
本当は自殺なんてするつもりは無かったのだろう。
多少の違和感はあるものの、僕はカバンを持って、今日は帰ることにした。
「それじゃあ……また明日?」
「うん。ばいばい。」
そう言って、机に座ったまま手を振って僕を見送る彼女を背に、僕は教室を後にした。
それから廊下に出て、階段を降りる。
今日はいろいろあったけど、いつも通り帰るだけだ。
そう……いつも通り帰るだけ。
階段を一歩一歩と歩く足が、何故か途端に重くなる。
何か嫌な予感がする。
第六感とかそういうのはあまり信じない方だ。だけど……。
ゾクッ。
一瞬背筋が凍った。
と、同時に直ぐに振り返り思いっきり走り出していた。
おかしいんだ。やっぱりおかしいんだ。
手すりに登るなんて絶対しない、ふざけていたとしても1人でなんてなかなかする事は無い。
そんな自殺未遂をしたのに、笑いが落ち着いたあとも不自然な程に自然な笑顔だった。
そして、あんなに明るい性格だって言うのに、僕の「また明日」に対して言ったのは"ばいばい"だった。
そして、その時の目は……。
きっとその目は……!
ガッと教室の扉を開け、走り出す。
やはり彼女は、ベランダの手すりに立っていた!
今度はないぞ。
止められた上でそこに立つ彼女なら、その決意はきっと固い!
足元に気をつけながら一目散に走りきり、今度はつまずくことなく、彼女のいるベランダに飛び出すことが出来た。
ベランダに着く頃には、彼女は外へ身を乗り出していた。
まずいまずいまずい!とどけ!僕の手!
善行なら毎朝嫌という程積んできた、この善行がもし報われるというのなら……!
それは今じゃなきゃだろう!なぁ神様!
伸ばした手は……!
ガシッ。
と、彼女の落ちる前の腰へ回すことが出来た!
「ぇっ……!?」
「ふんっ!」
瞬間、全体重をかけて、尻もちを着く形で彼女を死の海から釣り上げた。
間に合った……!
釣り上げた衝撃の痛みなんて忘れるほどにホッとして、彼女の顔を覗いた。
覗いた彼女の目には、涙が浮かんでいた。
「うっ……ああああああああああああ!!!!!!
どうして……!?なんでわかっ……ぇぇぇ……ああああああああ!!!!!」
途端に安心したのか、それとも驚いたのか、彼女は倒れ込んだ僕の胸に重なるように泣きついてきた。
ドキッとしてしまう気持ちもあったが、今はそれよりも。
今この胸の中にいる1人の少女が、救われた命が、尊くて誇らしい。
泣くだけ泣いて、落ち着かせて。
机を挟んで椅子に座って話す体制に入った。
……しばらく沈黙が続く。
互いに話したこともあまりないどころか、さっき喋ったのが初めてだ。
まぁ朝には何度もあってるわけだけど。
「なんか……恥ずかしいところ見せちゃったね……」
この重い空気を断ち切ったのは、彼女の方からだった。
「そんなことないよ。恥ずかしいなんてことない。」
「ふふっ。優しいんだね。……本当に。」
今の彼女の表情に、違和感は全くなかった。
なんというか、なんとなく本音の感じがする。
根拠はなにもないけど、なぜだかそう感じる。
それは、今の彼女の笑顔が、綺麗ではあるが画にはならない、温かさを感じるからかもしれない。
「えっと……どうして……」
「『どうしてこんなことしたのか』でしょ?やっぱわかんないよね。……わかってるわけないか。はは……」
ちょっと俯いて、ガッカリしたような顔をした。
「あーあ!バレちゃった〜……バレちゃったからには、責任取って貰わなきゃなぁ〜?」
目を細くし、伸びをして、まるで僕を煽るような言動をとる。
「せ、責任?」
「そう。責任取って、私の愚痴を聞いてもらいまーす。いつもの笑顔が素敵な蘭奈ちゃんはもういませーん。」
ツンとした表情をしつつ、小馬鹿にしたように笑った。
表情が豊かな子だ。
これが彼女の……いや、蘭奈さんの本性、本音なのだろう。
取り繕われた言葉なんかじゃなく、本音で、真正面から向かってきてくれていると思うと、嬉しく思える。
一旦、近くの席に座ると、蘭奈さんは話をし始めた。
「普段だとあんまりイメージ無いかもしれないけど。朝と夕方、いつもここに来てストレス発散してたんだ。まぁ、ストレス解消!って言っても、ただ空をぼーっと眺めてるだけなんだけどね。」
そう言って、彼女は窓の外の夕日を眺める。
……今を生きてる学生である僕たちにとって、こういう景色を生で見る機会というのは、中々なくなってきているように感じる。
どうしても、手元の画面に集中してしまったり。見るにしても、レンズ越しの景色をまじまじと見つめるだけだ。
そんな僕がこの夕日に何を思うのか。蘭奈さんが何を思うのか。
そんなことを考えながら、そのオレンジの夕日をただぼーっと見つめている。
いいな、この時間。
「この時間……いいよね。」
思ったことを口に出された。
学校の三階から眺める景色。富士山頂や、竹林なんかとは程遠い、ただの夕景だ。
でも、そんなただの夕景に、少し心がほっとする。あたたかくなる。
「この夕日をぼーっと見てると、家のこととか全部忘れて、この世界には私しかいないんだ。私だけの時間だーって思えてね。あぁ、今の私は自由なんだぁ〜って。帰りたくないなぁ……って。絶景でもなんでもない、ただの夕日に感動して、見入っちゃって。ゆっくり時間を潰してたんだ。」
『家に帰りたくない。』その発言から思うに、蘭奈さんの家庭事情はよろしくないのかもしれない。
「家に帰りたくないって……。友達とかに、その、家庭事情の話とかはしたりしないの?」
「話そうと思ったことはあったけど。心配させたくなかったし、それに、そこまで親しい仲の友達なんていないから。」
そう言うと少し寂しそうな顔をした後、はははと苦笑いをした。人当たりの良さそうな人だから、仲のいい人に恵まれてるものだと思ったけれど、思い違いだった。
「話せなかった……話したくなかったから。その……今日で限界が来ちゃって……。人当たりよくして、ずっと作って生きてるのがしんどくなっちゃって。もういいやってなっちゃった。」
ストレスの溜めすぎ。そして、その発散場所が無かったがために、精神的な限界が来たと言ったところだろうか。
「笑えるよね。死ぬ理由にしては弱すぎるし、生きたい人には面目が立たないんだけどね。情けないよね、本当……。」
そう言って無理をして笑顔を作った彼女に。
「でも、限界だったんでしょ?」
「えっ……?」
僕は反論せずにいられなかった。
「例え死ぬ理由としてそれが弱かったとしても、自身がそう思えるほどの苦しみがあったのは事実だし、それを否定するなんて言うのは、僕ら他人が決めつけていいものじゃない。……と思う。」
「……。」
僕の放つ言葉に、ただぼうっと蘭奈さんは、目を丸くして見つめるだけだった。
「死ぬ理由に強弱なんて、本当は全くないんだと僕は思う。だから、そんなに卑下しないで。自分の心の辛さを、自分で認めてあげて。」
僕の言った言葉に、蘭奈さんは呆然と目を丸くするだけだった。
「辛さ……。私、辛いのかなぁ?辛いって……。辛いって……思ってもいいのかな……?ひぐっ……わたっ……しっ……っ!」
「いいんだよ。きっと。」
「っ!」
言葉を言った途端、また泣き出してしまった。
僕はカバンから持っていたハンカチを手渡して、子供のように泣きじゃくるその姿を、眺めていることしか出来なかった。
何が彼女をここまで追い込んでしまったのだろう。何が彼女の心を抑えて閉じ込めるようなことをしてしまったのだろう。
その答えを聞くのは、なにも今すぐじゃなくたっていい。
ゆっくりと、答えを待つことにしよう。彼女の話せる時が来るその時まで。
一通り泣き終えて落ち着いた後、ふとスマホをみた蘭奈さんは「やばっ!?」と言った後に、即座に自分のカバンを手に取って、教室を出ようとした。
釣られてスマホを見ると17:30。そこまで遅い時間には思えないが、家庭事情に何かある事がわかっているので、その行動に違和感はなかった。
急いで教室を出る蘭奈さんは、教室のドアの前で急に振り返った。
「あ、ありがとう!また……!」
「うん、また明日」
「……!うんっ!」
そう返事を返すと、にこっと笑って教室を後にした。
静かになった教室で、僕もゆっくりと帰り支度を済ませる。
支度を済ませる中で今一度、自分の言葉を振り返って反省会をする。
……やっぱり偉そうだったかな。名前すら知らない癖に、好き勝手言いすぎてしまったのではないだろうか。もっといい言葉があったのでは?そもそも僕なんかより誰か大人に相談したりするほうが良かったのでは?
考えれば考えるほど、自分の身勝手な行動に恥ずかしさと恐怖を覚える。
普段人と話さないから、いざ話すと決めたら変な勇気とテンションが湧き上がって、変な言葉を言ってしまったりする……のだろうか。
反省だ。
もっと落ち着いて対応するべきだった……キザすぎる気もする。シンプルキモイ。
あーもう!ダメだダメだ!考えれば考えるほどネガティブになる!
今日は帰りにスーパーで安い肉でも買って、牛丼でも作ろう。
元気がない時は肉を食うのがいいって言うのは、科学的にも証明されてる。……らしい。SNSの『wisper』で見た。
そんなことを考えてるうちに支度は完了し、教室を後にする。
『明日、学校でまた会うのか……気まずいな。』そんな余韻を残しながら。
あっハンカチ!




