プロローグ
ジリリリリリ。
スマホの無機質なアラームが部屋全体に鳴り響く。
せっかくのスマホだ、音を変えられるアラームなんだし、こんなに無機質じゃなくてもいい気はするけど、いい音が見つからないんだよなぁ。
さて、あまりうだうだしている時間はないぞ。
もう起こしてくれたり、朝ごはんが作られたりしてる実家じゃないんだ。
昨日買ったパンで軽く朝ごはんを済まし、まだぎこちない制服に着替えて、荷造りをして玄関を出る。
閉じたドアの横には『秦野』の文字。
僕、『秦野大賀』は高校入学を機に、晴れて一人暮らしをすることになったのだ。
まだ早すぎる気もするけど、家事などに慣れる為というのと、実家から高校が遠いことを理由に、いい機会だと送り出された。
まぁ、元々一人暮らしに興味はあったので別にいいっちゃいいんだけどね。
鍵を閉めて通学路に出ると、まだ登校には早い時間なので、あまり学生の姿は見かけない。
だからと言って、家から学校まで遠いわけでもないのだけれど、僕はこの時間に家を出る。
そして案の定、誰とも会うこともなく、まだ50分程早い時間には学校に着くこととなる。
もちろん自分の教室に着いても、誰もいない。
……ということはなく、1人だけ。
ベランダで頬付けをつき、外を見ながら黄昏れる同級生の女の子がいる。
この高校に来てからまだ2ヶ月。僕が学校に来るまでに少しは経っているのだろうけど、決まって僕よりも早い時間に黄昏ている。
何度もこうやって会ってはいるものの、こちらに気づくこともなければ、挨拶を交わすこともない。
最初の方こそ『話しかけて仲良くなろうか』なんて事を考えたものだが、毎日いることを知り『話しかけるなんて、失礼なんじゃないか』と思えてきたのだ。
もちろん、勇気が出なかったという理由もあるけど……。
僕は僕で、彼女は彼女でこの時間を有意義に使えるなら、もうそれでいいんじゃないだろうか。
『きっとなにか理由があって、こんなに早い時間に来ているのだろう』と、自分に言い聞かせながら。
今日もいつもの通り、自分の荷物を置いたら早速、教室のメンテナンスに入る。
黒板の消し残しはないか?チョークは全て足りているか?
観葉植物に水をやって……今日は教室のエアコンのフィルターの掃除もしよう。
慣れた手つきで、テキパキと日課をこなしてゆく。
さて、なんでこんなことをわざわざ早くに来てやっているのか。別に頼まれてこんなことをしている訳では無い。
答えは単純で、『ただ善行を積んでいる』だけだ。
突然だが、僕は目付きがめっちゃ悪い。第一印象が『怒ってる?』って言われるくらいには悪い。
そのせいで、なかなか友達が出来ないどころか、やんちゃな人に絡まれることもしばしば。
そんなわけで、せめてこうやっていい事をしてる所を誰かにわかって貰えたら、この印象も少しは良くなるんじゃないかと。
そう……思ってたんだけど。
結局この2ヶ月間に出来た友人は0人。
そもそも、こんな時間にやった所で誰も見てないんだし、気づいてないよねって。
ちょっとした希望を抱きながらやってきた事だけど、もうやめた方がいいかもなぁ。
……せめて、あの黄昏てる彼女が気づいてくれていたら、なんて考えていたこともあったけど。
気づくどころか、振り返ることすらなかった。
そんなこんなで、メンテナンスを終わらせて自分の席に戻る。
涼しい風がふっと入ったのと同時に、彼女の姿が視界に入る。
丁寧に手入れされたであろう白い髪が風に揺れ、顔を覗かせる。
こうしっかり見ることは無かったが、凄く綺麗な顔立ちをしている。
揺れた髪とその整った顔、そして黄昏れるその姿は、見事に画になっており、気がつくとまじまじと見てしまっていた。
すぐにハッと気づき目をそらし、ゆっくりと少しだけ視線を戻す。
よかった。気づかれている感じはない。
ほっと胸をなで下ろし、机に突っ伏す形で時間を潰すことにした。
授業中の教室は静かだ。
誰かが先生を茶化したりすることもなく、割と真面目にみんな授業を受けている。
先生も授業がしやすいのか、サクサクと進行していく。
そして、特に何も無くいつも通り過ごすだけなので……。
「それでは、みなさん気をつけて帰ってくださいね」
あっという間に放課後になってしまった。
今日も、誰にも話しかけられなかったか。
それもそのはず、だいたい2ヶ月も経っていれば、仲のいいグループなんて、固まっているものだ。
事務的なこと以外で、話したこともない人に話しかける期間は、既に終わっている。
だから、今更こんな僕に話しかける人なんて……。
「秦野くん、ちょっといい?」
「!?……ど、どうしたの?」
話しかけられた!?話しかけてくれた!?え!え!めっちゃ嬉しい!何日ぶりだろう!
しかも、今回は名前までしってくれているのだから、期待してしまう!
遂に、遂に僕にも友達が!?
「急にごめんなんだけど……。この後、彼氏と会う約束しちゃって、そんな日に限って、先生からちょっとした仕事頼まれちゃってさぁ……。お願いなんだけど、私の代わりにやっといてくれない……?」
あぁ、なんだ。やっぱり事務的な事だったか。
小躍りしていた僕の心はすっかり萎え、落ち込んでしまった。
しかも、理由が彼氏かぁ。
融通効かないもんなのだろうか?そういう彼氏どうかと思うよ?
そう思ったが……。
「あ、うん。全然いいよ。」
「マジ!?ありがとう〜!本当に助かる!」
僕の善意が、彼女の頼みに手を差し伸べた。まぁ頼みを聞くのは何も善意だけでは無い。
事務的な礼儀だったとしても、名前を知っていて貰えたことが嬉しかったりしたのだ。
それに、ここで僕が断ったことで、彼女が彼氏に嫌われたりするのも、なんだか気が引ける。
リア充は応援するタイプだ。末永く幸せになっていてほしい。
あと暇だったしね。
「生徒会室の書類の確認欄にハンコ押すだけだし、終わったら職員室の前の机にカゴあるし!そこ、置いてくれたらいいから!生徒会室の鍵も開けっぱにしといて!」
畳み掛けるように彼女は説明しながら、物をカバンに片付け、帰り支度を進めていた。
相当急いでるな……。
「ハンコも置いといてくれたらいいから!ほんっと〜にありがと!それじゃあよろしくね〜!」
「あ、うん。じゃあ……」
ね。と言い終わる前にはもう彼女は教室を出てしまっていた。
後を追うように、自分は生徒会室へ向かうことにした。
ってか生徒会の人だったのか……その仕事を他人に任せていいものなのだろうか?
そんな疑問を抱えながら教室を出て、階段の方を見ると、先程の彼女が階段の前にいた。
すると、降りる前に気づいたのか、クルッと振り返って片手で謝るポーズを取りながら、ウインクして見せた。
なにあれめっちゃかわいい。
あざといと言われるかもしれないが、ああいう仕草はわかっていても、少しときめいてしまうものだ。
彼女に彼氏がいるのもうなずけた。
生徒会室に着くと、机が5-6個置かれた部屋に1つだけ。
束で置かれた書類と、傍にはハンコが置いてある席があった。
書類は30枚ほど、内容は……部活動についてかな?
詳しく見るのは辞めておいた。
こういうのってその部活ごとの事情とかあるかもしれないからね。
えーっと、確認欄確認欄……。
探していると、書面の下の方に枠があり、そこに『生徒会確認』と書かれた欄があった。
ここに押せばいいのかな?
ハンコの上下を確認する為に、印面を見る。
『阪原』と書かれた文字をしっかり上下確認し、ハンコを押していく。
阪原さんかぁ。
もしかしたら、これを機に仲良くなることが出来るかもしれない。
そんな無駄な期待を、わかっていても少し抱いてしまう。
愚かな期待を持ちながらも、僕は彼女の名前を覚えておくことにした。
書類全てに判を押し終わり、職員室の前の置かれた机に納めた。
さ、教室に戻ってカバン持ったら帰ろう。
そうして、教室の扉をガラッと開けた時、僕の目に飛び込んで来たのは……。
学校のベランダ特有の少し大きな手すりに登り立つ。
朝に見た白い髪の彼女だった。




