愛(インタールード)
人戀しさ-〈秋深き墓地に人魂三つ四つ 涙次〉
【ⅰ】
季節はあつと云ふ間に移り變はる。秋の彼岸からはもう大分過ぎたが、文・學・隆・せいの末つ子、今は亡きせいのお墓參りをしやうとカンテラが發案し、テオのファミリーにカンテラ、じろさんを加へて、彼女が埋葬されてゐる、「開發センター」庭までやつて來た。
「皆さん朝ごはんまだでしよ。俺、拵へますから、待つてゝ下さい」と、牧野。牧野は、テオのファミリーにはキャットフードに生卵を載せたもの、カンテラ、じろさんには卵かけご飯に油揚げと玉葱の味噌汁で饗した。
【ⅱ】
*〈翁〉が植えた猫じやらしはすくすくと生育してゐた。死と云ふ概念がない文・學・隆には、テオは「せいはお星様になつたんだよ」と云つたが、テオ、(自分にしては陳腐な物云ひだな)と侘しく思つた。猫と星- 猫だけが住む星、と云ふものがあれば、石田玉道に教へて貰ひたい。テオは泣く事が出來ない、猫と云ふ種族の「端くれ」である自分が嫌だつた。
カンテラ、じろさんが掌を合はせると、その「儀式」は直ぐに終はつてしまつた。でゞこは悲しさうだつた。尠なくとも、テオにはさう見えた。
* 当該シリーズ第67參照。
【ⅲ】
「これで氣が濟んだかい?」-カンテラは每年今の時期に墓に詣でる事を約し、死んだ仔猫の墓はまた淋しく取り殘される事になつた。本当はテオは、事務所の業務に空きがある時、そして谷澤景六としての活動がない時、こつそりこの墓を拝みに來てゐた。でゞこに辛い事を思ひ出させたくない、と云ふ一心で、ファミリーでの墓參りは最小限に留めやう、さう思つてゐた。
※※※※
〈無理をせずゆつくり歩け休みつゝ目的地には必ず着くから 平手みき〉
【ⅳ】
* 何せ【魔】に憑依されてゐた、とは云へ、せいはテオの「愛人」野代ミイに嚙み殺されたのだ。テオはそれを思ふと、内攻する自分を抑へ切れない。また、自分が今でも人間の「愛人」、** 市上馨里と付き合ふのを已められない、その事は、でゞこに謝つても謝り切れない氣がした。
市上はミイのやうに、利害関係からテオの心を持て遊んでゐる譯ぢやなく、*** テオが、大猫宗・猫山の飼ひ猫、あの「【魔】猫」に、右耳を喰ひ千切られた時も、必死に看護してくれた。だが、それがだうしたと云ふのだ、全部自分の「業」の深さから來てゐるのではないか。
* 当該シリーズ第66話參照。
** 当該シリーズ第82話參照。
*** 当該シリーズ第94話參照。
【ⅴ】
だがカンテラは帰り道、かう云ふのだ-「テオ、もしも* イつちやんに蘇生した『【魔】猫』が取り憑いたとして、そしてでゞこを殺したとして、イつちやんをテオ・ブレイドで斬れるか?」-「...出來ません」-「ぢや、いゝぢやないか。『業』とは云へ愛は愛だ」
* イつちやんは市上の愛稱。
【ⅵ】
「きみが、もし、彼女を斬る、と答へたら、俺はこの、傅・鉄燦に物を云はせるところだつた」-テオはそんなカンテラに、測り知れない畏怖と敬愛の氣持ちを抱いた。カンテラは、要するに、テオを愛してゐたのだ。じろさんが「くつくゝ」と忍び笑ひを漏らした。
※※※※
〈ハロウィンの飾りが院にあな淋し 涙次〉
「要するに誰もが何処か淋しいつて事だよ」-澄江さん一筋のじろさんにさう云はれて、テオはたゞ押し黙つて歩くしかなかつた。
お仕舞ひ。




