鍵
裕福な家庭で起きた殺人事件。
事件は愛と憎悪によって生まれた。
何故探偵は見抜くことができたのか。
誰もがあっという名推理に迫る超短編ミステリー。
「犯人はあなたです、田中由太さん」
田中邸のリビングに告げられた真実。
事件さえ起きなければ今頃、大学のときの友人同士でパーティーをして懐かしんでいたはずだ。料理教室に通っている喜多川の手料理を囲んで、庭師で雇った田村も手伝って、桜田と、田中由太と男友達の斎藤と、それから相原真美と。
皆騒ぐタイプではないから、食器が机を打つ音がよく聞こえていたはずだったろう。今では警察官がやたらと出入りしていて忙しない。近くにいたという名の通った探偵が、隈なく辺りを調べ、今終えたというところだ。
「n、何故俺なんですか、俺は真美をずっと―」
「田中由太さん。消去法ですよ」
え、と口にした田中由太の手に警察官が手錠をかけにくる。
「だからなんで」
手錠をかける警察官に訴えても仕方ないが、その警察官は丁寧に彼を説得した。
「消去法ですよ」
田中由太は唇を噛みしめ、悟った。
「あなたにとっては掌の上ということだったんですか。眠りのk―」
「くぅうう、一件落着だな」
ちょ聞いて、という田中由太の声をあしらって伸びをするk―。
「ちょっと今までどこにいってたのコナ―」
探偵に引っ付いて来た高校生くらいの女と子どもの話声を背景に、容疑者として集められた他の四人は皆それぞれ思いにふける。友人の斎藤は茫然としていて、田中由太の母は訳も分からず泣いている。桜田と喜多川もそれぞれに難しい顔をしている。
これは愛憎の事件であった。
「だからそこで俺は―」
斎藤輝樹
何でこんなことになってしまったのか。
―真美が浮気していたんだ。
金曜の夜、田中に誘われてバーに行った。俺もちょうど上司のことで捌け口にできる友人が欲しい夜だった。
俺はどうにも作り笑いができず、上司は嫌味を言うのが好きな人間だから、鬱憤が溜まるのは必然だった。けれど俺は仕返しや復讐なんて大それたことはできない。言い返すのだって面倒と思い込んで、ひよるようなやつだ。自分でもわかっている。
田中もそこは俺と似ているんだ。
だから命を奪うだなんてできるはずないと思っていたんだが。
パーティーに呼ばれてきてみたら真美ちゃんとはまだ別れておらず驚いた。そして真美ちゃんが田中の小言を言うたびに田中は我慢できなくなっていったんだと、今更思う。田中は溜めて怒るタイプだから大喧嘩にも発展しそうだったが、俺にできることは田中を落ち着かせてやるくらいだった。
今日はほとんどずっと俺の前に田中はいたんだ。一度離れたのは庭師の人が何か言ってからで、その間で事を起こしたなら手早すぎると俺は思う。
どういうことなのか。
俺はどうしてやればよかったんだ。
桜田
一体どういうこと?
確かに私は真美のワインに毒を入れた。臭いで気づかれないように色々尽くしたのに。例えば罰ゲームと称してドリアン、納豆、極めつけにシュールストミングなんて持ってきた。きっと夜には異変が起きて救急車で運ばれるか、あるいはそのまま死んでいる。死んでも良かった。田中君を私から奪っておきながら事あるごとに私に田中君の陰口を叩いて。
私がトイレから戻るころにはグラスは空になっていた。だから真美が席を外したのは体調が悪くなったからだって思って、いきなり怖くなった。
なのに内心震える私に届いた訃報は何故か田中君によるものだった。
ロープで絞め殺した?
一日それが遅ければ私の毒で。
私は田中君に救われてしまった。
私は裁かれるべき?
田中恵子(由太の母)
あぁどうしたことなの。
あんなに二人は好き合っていたのに。
あの物音が今も耳の中で鳴っている。
由太の部屋から聞こえた物音。なんてこともなさそうだから一応声をかけただけなのに。そして返事がないから一応ドアを開けただけなのに。こんなことになるだなんて思いもしなかった。
由太の部屋の中で、真美ちゃんが倒れていた。急いで駆け寄ってみると首に青赤く縄の跡がついていて腰を抜かした。
頭から血が引いていきながら、震えた声で110番に電話をした。
もう何が何だか分からない。
喜多川彩音
私は何をしているのだろう。
キッチンで、メインに出すローストビーフを切っているとき由太君がやってきた。脂汗をかいていた彼は、コップに牛乳を注いで一気に飲み干した。
―真美ちゃんは大丈夫?
真美ちゃんはワインをこぼしたらしくて由太君の部屋で着替えていると思っていた。けれどそのときの彼にとっては一生で一番聞かれたくない質問だったことだろう。動揺して言葉の出ない口は開けたり閉じたりしてたから、なんとなくそういう事なんだって思ったの。
取り返しのつかなくなる前に真美を助けるべきだとも思ったけれど、やっぱり私は由太君の味方をした。だって可哀想じゃない。
由太君の部屋に倒れている真美を発見して、中々大変だったけどクローゼットに押し入れた。ジャケットとかライブTシャツの裏によ?
由太君はこのことを知らない。いつかはバレるんでしょうけど気持ちを整理する時間をあげるべきって思ったの。そのあとクローゼットの鍵も閉めて、部屋の鍵も閉めて、何食わぬ顔で料理を作った。
お母さまは可哀想だと思う。
けれど部屋の鍵は私か由太君しか持っていないはずなのに何故こんなに早く見つかったのかしら。私は共犯者だとバレてしまうのかしら。捕まってしまうのかしら。
まあでも由太君と一緒なら。一緒になれるといいな。
田村健司(庭師)
「あれ、おっかしいな」
マスターキー失くした。後で返さなきゃなのに。何かぞろぞろと警察の人が来てるけど、とりあえずこの用務室の中にマスターキーがあると思うんだよな。
紛失したらとにかく端から探すんだ。少し焦りながらガサゴソ音を立てる。
由太君の部屋の鍵穴壊しちゃったから110番されていた、だったらどうしよう。何て謝ったらいいか。
鍵忘れたからピッキングしてよって言われたことがあって、2時間くらい奮闘したら何かできるようになった。以来マスターキー渡されている内はピッキングでドアを開けてもいいかなって。探すより早いんだもんな。
パーティーの手伝いしてるときうっかりしてて真美さんのワインを真美さんに引っ掛けちゃって。真美さんかなりきつい人だからすぐ謝って、タオルも持ってくるって取り行ったけどそういえば全部クリーニングしてたから。代わりのものを探して由太君の部屋に持っていったら返事が無くてつい。
いやけどピッキングで鍵穴壊れるかな。何か知らないまに詰め込んじゃったかな。
「ああ、あったこれこれ」
黄色の鍵。
クローゼットの中に居るわけないのにクローゼットの鍵まで開けちゃったし、そしたらちょっと女物の服が見えたから思わずそのまま閉じたよ。勝手に性癖見つけちゃって申し訳ない。
ピッキング、開けるはいいけど何か閉じるのは上手くいかないんだよな。
「あなたの推理はつまり。眠りのk―」
「消去法ですよ」
こうしてこの悲劇の事件も幕を閉じた。何か言いたげな田中由太は赤く点滅するパトカーに乗せられ、警察官も撤退していく。
いかに難解な事件が解けても、すっきりと終われるはずはない。罪までを消し去ることはきっといかなる手段をもってしてもできない。
「たった一つの真実に絞る。見た目は衣、中身は裸。名探偵k―」
―プツンッ―
真っ暗になった液晶画面から目を外すと、陽が沈んでいて、分かりきっているはずなのに時計を見ると6時30分になっていた。