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第089話 ヒゲの男


「どう見ても営業してないな。完全に閉まってる」


 店を開けるどころか完全休業を示す看板が立てかけられ、店前は文字通り閑古鳥が鳴いていた。閉められた戸を叩いて誰かいないか呼びかけてみても、中からは反応がなく、いきなり出鼻を挫かれてしまった。おい親方、どうなってんだよ!?


「おーい、誰かいませんかー……。ってクソ、こんなことしてる時間はないのに」


 屋根の上を見てみれば、雪が積もりすぎて今にも建物が崩れてしまいそうになっていた。恐らく長いこと人の出入りがないのだろう。周囲の店を見ても同じく人影はなく、客の姿すらない。果たしてどうしたものか。


 しかしその時、俺の頭上で居眠りしていたモコモコさんがクンクンと鼻を鳴らし始めた。そしてどこからかいい匂いがすると目を光らせ、「あっち行く!」と俺の手を引っ張った。


「おいおい、急にどうしたんだよ」


 どこをどう見ても廃墟となって瓦礫の山と化した寂れた一角に入っていくポンチョは、フガフガ匂いの出どころを探して駆けていく。悪いが今はモコモコさんの遊びに付き合ってる余裕はないんだけどなぁ……


「ポンチョ、お腹すいたー!」


「はいはい、あとでご飯にしましょうね~って……。あれ、マジでどこからか香ばしい匂いがするぞ。こんなところでどうして?」


 半壊した荒屋だけでなく、手入れされていない木々、そして元は原っぱだったかのような開けたスペースの先から、薄っすらと煙が立ち昇っていた。四つ足で駆けていったポンチョを仕方なく追いかけていると、突然「うヒャア!?」という誰かの間抜けな声が響いた。


「ちょ、おのれ、急に飛びかかってきて、ワシの飯食うな! やめれ、やめてけれ!」


 横風を防ぐように立てかけられた壁の隙間から中を覗いてみれば、そこでポンチョと食い物の争奪戦を繰り広げている者の影が……。「こらポンチョ!」と呼びかけるが、どうやら大慌てで騒いでいる何者かの食材を、ウチのモコモコさんが食っちまったらしい。こいつは失敬。


「キサマ!? ワシが最後に取っといた干し肉焼いたの、食っちまった! なんつーこと……。ワシの、ワシの肉が……!?」


 ボロ服を着て痩せ細ったヒゲの伸びっぱなしな男が、ポンチョを引き剥がそうともがきながら嘆いていた。俺はモコモコさんを彼から引き剥がし、「うちのが申し訳なかった」と詫びた。


「申し訳ないでは済まん! 最期の食料じゃったんだ、どうしてくれる!?」


「そ、そいつはすまん。代わりの食材をやるから我慢してくれ……」


 俺はポンチョのリュックから食いかけのイモを出し、それをヒゲの男に渡した。


「わ、ワシの肉が、コリツノイモなんぞに変わってしもた、コリツノイモなんぞに……」


「ま、まぁそう言わずに食ってみろよ。美味いからさ」


 文句をたれつつも包みを剥がしてイモを口にしたヒゲ男は、不服そうな顔だったのが一転し、目の色を変えてがっつき始めた。そしてものの数秒でイモを食い終えるなり、ツバを撒き散らしながら「美味いっッ!」と叫んだ。


「そりゃ良かった。迷惑かけたね、そんじゃ」


 ポンチョを回収しつつ、後ろ手をふりふり。

 しかしヒゲ男は徐ろに俺のシャツを掴み、「もっとくれ」と恐ろしい顔を向けながら言った。


「いや……、そりゃあ割に合わないってなもんでしょ。あんなちっこい肉一切れでウチのイモをもっとよこせだなんて」


「いいからよこせ! キサマがよこさんなら、そっちの小僧でもいい、ワシにイモ、食わせろ!」


「ええと……、それは少しばかりワガママが過ぎない? このご時世、飯を手に入れるのがどれだけ大変かわかってるよね」


「だったら仕事よこせ! イモの代わりに、ワシ働く、だからよこせ!」


「メチャクチャな論理だな……。はぁ、まぁいいや。だったらイモを分けてあげる代わりに、ギルドの方で俺の仲間を手伝ってよ。それでいいかい?」


「ホントか!? よし、イモよこせ、まずはイモだ!」


 リュックから取り出したイモを強奪するように奪ったヒゲ男は、ごしゃごしゃと音を立てながら一心不乱に食い始めた。しかも一口食べるごとに「美味いッッ!」と叫び、それはそれは幸せそうに食っている。


「ハイハイ、美味かったなら結構でございますよ。それにしても、俺はこんなところでなにをやってんだろうね」


 人が食べているのを見ているからか、ポンチョも一緒になってイモを取り出し食べ始めた。ヒゲ男と隣並んで美味そうに食っている姿を見ていると、なんだかこっちまで腹が減ってくる。なんか腹立ってきたな……


「美味いッ! 美味いッ!」


「ポンチョもおイモ好きー!」


「美味いッ! 美味いッ!」


「おイモおいしー! ポンチョも好きー!」


 何やらこの二人、波長が合うのだろうか。

 同調するように美味い美味いと言い合っている。……なんなんだよ、マジで。


「ほらポンチョ、食い終わったら行くぞ。おっさんも食べたなら一緒にきてくれよ。こっちも色々と人が入り用なんだ。アンタがどこの誰かは知らないけど、いないよりはマシだろ」


 なぜかポンチョと手を繋いだヒゲ男が「では参ろうか」と生意気に言った。

 なんなんだよコイツ、マジで。


 そうしてヒゲ男を連れて一旦ギルドへ戻った俺たちは、テーブルらギルドの面々が集めた冒険者の列を横目に見ながら、そそくさと中に入り、忙しそうに冒険者を整理している最中のマーロンさんに話しかけた。


「忙しいとこごめんよ。ちょっといいかな」


「なによハク、今ちょっと手が離せないんだけど」


「このおっさんなんだけどさ、そっちの作業に加えてやってくれないかな。働きたいっていうんで」


「え~、そんなこと言われても。それに……」


 俺の服を引っ張ったマーロンさんが、影に隠れてコソコソと言う。


「あの人、どうみても浮浪者さんだよね!? どうしてあんな人連れてきたの!!?」


「いや、ちょっと色々あってさ……。変な奴だけど悪い人ではなさそうだから、ポンチョも懐いてるし、せっかくだから働いてもらおうかなぁと」


 俺とマーロンさんがコソコソ喋っていると、奥から気怠そうに親方が歩いてきた。

 そして戻ってきた俺に「なんだよ」という顔をした直後、急に直立し、「お疲れッス!」と敬礼した。


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