第086話 地獄の二週間
「簡単に支援するなどと言われますが、そこまで容易なことではありませんぞ。まずひとつはこの状況です。村の周囲は雪に埋もれ、視界は悪く、並の者では町の行き来すらままなりませぬ。二つ目は町と村との距離です。我らの村は、モリスの森の奥地に位置しております。町との距離は、それなりの手練れですら少なく見積もっても丸一日以上は必要です。なによりこの状況下では通常の行路は使えず、遠回りすることを覚悟で安全な行路を確保せねばなりません。さらにはその距離を、しかも物資を運びながら移動するとなれば、我々などではとても対処しきれない。そして最後にして最も大きな懸念点が、町一つを支援するとなれば、途方もない量の物資が必要となる点です。確かに我らの手元には、ある程度の物資がある。しかしそれを彼らへ渡す術がない。まさにないものづくしの状況なのです」
猫族の族長が言うように、最も重要なポイントはそこなんだ。環境、距離、物量の何もかも足りていないこの状況下では、町を救うなどと意気込んだところで無意味でしかない。
しかしそこで不敵に、というより不気味に微笑む人物が一名。ケケケと悪魔のように嘲ったその人物は、俺、マーロンさん、ボア、そしてウルフたちを順々に指さしてから、最後に純白のふかふかな雪の上に仰向けで倒れ込みながら言った。
「それ、全部アタシが解決してあげる。その代わり、もし全部上手くいったら、アタシに少しお金を用立ててほしいの。どうです、悪い条件じゃないでしょう?」
大の字で空を見上げながら宣言したのは、言うまでもなくリッケさんだった。彼女は悶絶するように身体をよじりながら、雪まみれになった全身をガバっと起こし、「それじゃあ早速いきますか」とバッキバキに充血した眼で宣言した。
「期間はたったの二週間。それまでに最低限必要な条件をクリアさせてあげる。でも一つ条件があるわ。村長、両族長にボアちゃん、そして新入りのワンちゃんたちも。みんながみんな、不眠不休で働くこと。そうすれば、みんなの願いを叶えてあげる。このアタシの野望のために!」
うわぁ、また凄いこと言いだした。
ある意味この場の全員が引いているけど、だからこそ彼女の言葉は信じるに値する。退屈は悪だと全てを捨て、その身一つでこの村にやってきた彼女が解決できると宣言したのだ、恐らくその方法もぶっ飛んだ荒唐無稽な方法に違いない。
しかし、だからこそ意味がある。
むしろこの状況を打破する方法があるのなら、それくらい甘んじて受けずにどうするか!?
「で、俺たちはどうすればいいのかな、リッケ女史閣下さま?」
「あら村長、い~い覚悟じゃありませんか。それじゃあ今から順を追って説明しますよぉ。では皆さん、こちらへどうぞ!」
もはや口調もなにも関係なくなり、日に日に崩れて本性剥き出しになっていく彼女の様子は多少気になるものの、今さらそこには何も言うまいて。それぞれが決心しつつ広場に集まれば、俺たちは立ちどころに種族別に班分けされ、それぞれの仕事を説明されることとなった。
「ざっくりそれぞれの役割を説明すると、ワンちゃんたちは運搬係、ボアちゃんたちは整備係、猫族とアリクイ族のみんなは破砕・荷積係。そして最も重要なのが……アナタたちよ!」
ビシッと俺とマーロンさんを指さすリッケさん。もの凄く嫌な予感がする……
「時間がもったいないから、まずは村長たち以外の説明を先にさせてもらうわよ。猫族とアリクイ族のみんなは、引き続き実の破砕作業を急ピッチで進めてちょうだい。もちろん袋詰の作業も同時進行でね。恐らくだけど、この作業が最も時間との兼ね合いでシビアになってくると思うわ。だから早速持ち場に戻って、各々作業に取り掛かってちょうだい!」
猫族とアリクイ族を破砕班と袋詰班に割り当てた彼女は、引き続きおかしな距離を開けたまま警戒しているボアボアを指先でくいくいと呼びつけた。
「続いてはボアちゃんたちよ。アナタたちには、この村とマイルネの町を繋ぐ行路を整備してもらうわ。現在この森は酷い雪に埋もれ、まともに動ける状況じゃない。しかもその中を迷わず安全に物資を運ぶとなれば、最も重要なのはその足場よ。アナタたちにはこれから二週間、昼夜を問わずこの壊れきった道をピッカピカの道、いわゆる『ピルピルロード』に作り変えてもらいます!」
驚愕の表情で彼女の説明を受けたボアボアたちは、たった二週間という短期間で物資を運ぶルートを開拓せよとのお達しを命じられた。
そして「お次は……」と繋げた彼女がウルフたちを下から舐めるように見上げた。さらには俺とシルシルを値踏みするよう交互に何度も視線を動かしながら、最後にシルシルの脚に触れて言った。
「村を出てから帰ってくるまでにかかった期間が約四日。ざっと計算したところ、村長さんたちが町に到着するのに約二日と半日、そして用事を済ませるのに約半日、そして町からウルフちゃんに乗って帰還するのに約一日。計算は合ってるかしらん?」
反論の余地すらない俺の頷きを見届け、彼らの走力を頭の中で弾いたリッケさんは、おおよそ必要な条件を指を跳ねるように踊らせながら積み上げていった。そして俺とシルシル、そしてマーロンさんとその他のウルフたちとの二班に分け、二週間で各々がすべき作業を説明した。
「ハッキリ言って、たった二週間で準備できるかどうかは微妙な感じ。でもそれを可能にするのがアナタたちの、い・い・と・こ・ろ❤ さぁ働きなさい、腕の見せ所よ」
そうしてそれぞれの持場に散った俺たちは、
日々彼女に尻を叩かれながらの苦行に耐えることとなる。
地獄の二週間が、今フタを開けたのである――