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第080話 一番マズいもの


 …………。


 ……………………。



 無言の時間が流れていく。

 というより、テーブルもローリエさんも、全然興味なさそうだ!


「そ、そうか。そりゃ良かったな。Eランク冒険者、死なねぇようにしっかりやれよ」


 テーブルが俺の肩を適当にバンバン叩く。ローリエさんもローリエさんで、「本当にハクさんで大丈夫なんですかぁ?」と額にシワを寄せながら俺の頬を突っついた。


「は、ははは、しょ、精進します……」


「と、まぁそんなことはどうでもよくて、ひとまずこれで南の平原のことは片付いたわけだな。独断で勝手に動いたことは不服だが、ギルド長として一応礼は言っておく。助かった、また何かあれば頼む」


 俺の村長就任報告をポーンと放り投げ、テーブルがマーロンさんと握手を交わした。憧れの高ランク冒険者をキラキラした瞳で見つめるローリエさん。本当にわかりやすい人ですね……


「しっかしいつまでも町の周辺をウルフにうろつかれたのでは気が休まらんぞ。今日のところは、ここらで解散とさせてもらおう。あんたらの村への移動については、明日以降、好きにしてくれればいい。ただ、事の顛末(てんまつ)については後日しっかりと報告を頼む」


 頷いたマーロンさんは、明日の朝、東の森の入口で集合ねとシルシルに伝え、彼らに一度南の平原へ戻るように指示した。何事もなく帰っていったウルフの後ろ姿を見届け安堵した様子のギルド職員二人は、「毎度毎度無茶がすぎるぞ」と文句を言いながら俺の背中をバンッと叩いた。


「さぁて、これでひとまず話は終わったわけだが……。アンタら二人、ちと時間はあんのか?」


 妙な声色で質問するテーブルの態度に、俺は悪寒に襲われた。しかしガッチリと奴の腕にホールドされ、俺の身体はどうやらもう逃げられそうにない!


「悪いが付き合ってもらうぜ。ローリエ様や、まだやってる店はあるよな、さっさと手配だ!」


「アイアイサー!」と敬礼したローリエさんが一目散に町へと駆けていく。それを見て「ハァ」と首を振ったマーロンさん。どうやら今夜は帰れそうもないな……。



 その後、まだ唯一開いていたパブに連れて行かれた俺たちは、ムスッと牛のような顔をしているテーブルに招かれるまま、食事にありつくこととなった。


 先日(※村に招待した件)の礼も兼ねてという前置きで今夜は俺の奢りだと豪語したテーブルは、俺たちの要望も聞かぬまま、勝手に大量の料理を注文し、グラスが運ばれてくるなり豪快に両手で握り、間髪入れず乾杯の音頭を取った。


「おーし、久々に一つの仕事に目処がついたぜ。こいつを祝わずして何を祝えっつーんだよ、なぁローリエ様よ!」


「ですです! 毎日毎日朝から晩まで、冒険者さんたちの苦情をさばき続けてるこっちの身にもなってくださいってなもんですよ! お二人はご存じないでしょうけど、最近はホントに酷いんですから!」


 掴んだジョッキを離さず飲みまくる二人の勢いに押され、俺たちは「ハハハ……」と苦笑いするしかない。どうやら長雪による影響は相当なものらしく、冒険者不足によるクエストの増加と、低ランク冒険者による討伐不履行が頻発しており、ギルドの仕事がまるで回っていないのだという。しかも最近は、通常仕事に加えて雪の処理や建物の修繕依頼までもが入り、彼らギルド職員も協力して夜通し仕事をしているらしい。それはそれは、お疲れ様です。


「しっかしラッキーだったぜ。ウルフの件を嬢ちゃんが解決してくれたおかげで、南国のルスカへ救助要請を出すことができそうだ。ほんっっと困ってたんだ、ウルフどもが俺たちの出す間者を軒並み弾いちまうからよ。しかも噂じゃ聞いてたが、まさかシルバーグロウウルフまでいやがったとは。もし戦闘になってたらヤバかったぜ」


 全部ぶっちゃけちゃうのねと苦笑いな俺の首根っこを掴まえたテーブルが「テメェも、もっと飲め!」と強引にグラスを握らせる。仕方なく一口飲んだ俺は、それにしてもと周囲を見渡した。


 気のせいだろうか。

 以前この町で飲んだときとは、明らかに空気が違っている気がする。どうやらマーロンさんも同じことを考えていたのか、彼女が服の袖を引っ張った。


「あの……、一つ聞いていいですか」


 俺たちの微妙な空気を感じ取ったのだろう。「あー、それ以上は言わないで」と口止めしたローリエさんは、わかりやすく少しガッカリした空気を漂わせながら、気怠そうに理由を説明してくれた。


「町中が辛気臭いって言いたいんでしょ? ……そう、そのとおりよ。本当は私たちだって、こんなふうに飲み食いしながら管を巻いてる場合じゃないってことくらいわかってるの。だーけーど、こんなときくらい飲まなきゃやってらんないってのも本当。ですよね、マスター!?」


 絡み酒なのか、立場が逆転しているローリエさんがテーブルの首元をたくし上げながら迫った。「まぁまぁ」となだめた俺は、「詳しく聞かせてもらいますよ」と彼女を怒らせないよう気をつけながら話を促した。


「ハクさ~ん。ちなみにこのペラペラのお肉、いったいいくらすると思います~? このぺ~らぺらのお肉ですよ~?」


 わざと店主に聞こえる大声で絡んだ彼女は、ドゴンッとジョッキを置きながら、「銀貨8枚ですってよ!?」と当てつけるように叫んだ。


「ぎ、銀貨8枚? こんな小さな肉が、ですか? 以前は銅貨数枚だったような……」


「そうよ! こっちの煮込みは銀貨6枚、こっちのジョッキは銀貨4枚、こっちの骨付き肉に至っては銀貨13枚ですってよ! アタシたち、一体どれだけ働けば、毎日こ~んな良い食事ができるんですかねぇ~?」


 もはや当たり屋のように絡んで仕方がないローリエさんを抑えながら、テーブルに「どういうことですか?」と聞く。すると彼は小さく一つため息をつきながら、絞り出すように教えてくれた。


「人の行き来がなくなり、物流が途絶えれば、自ずとこういうことは起こってくる。単純な話、食うもんがねぇのさ」


「食うものって、まだ冬は始まったばかりですよ。冬の食材だってまだ……」


「……本気で言ってんのか? そんなもん、期待できるはずねぇだろ」


 途端に落ち込んでしまう二人。

 周囲の客たちもどこか元気がなく、よく見れば店内は空席も多く、なんとも活気がない。酒の席だというのに聞こえてくる会話は小さな愚痴ばかりで、異様な雰囲気を変えようと取り繕ったマーロンさんが話題を振った。


「だ、だけど町の北側はマイルネ湾がありますよね。あそこなら海の幸がとれるはずですし、そう悲嘆しなくても!」


 しかしジト~ッとした目で見つめる二人の空気は重く、彼女の言葉を聞いた別の席の男が吐き捨てるように言った。


「バカ言うな素人が。近郊の海なんざ、川から流れ込んだ水が原因で全部凍っちまってんだよ! おかげで俺たちゃ、魚をとるどころか船を出すことすらできねぇんだ、バカにしてんのかッ!?」


 突如ぶつけられる罵声。

 はぅっ!と肩身を狭めたマーロンさんの頭を撫で撫でし、イイコイイコしてあげる俺。くそぅ、誰だ彼女にそんな酷いこと言う奴は!?


「だがそれが現実だ。今は海も地上も雪雪雪の雪まみれで、俺たちではどーすることもできねぇ。しかも食い扶持として見込んでた冬の農作物までほぼ全滅ときちまってる。……実を言うとな、一番マズいのは、ギルドなんかじゃねぇ。…………この国、なんだよ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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