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第069話 農耕革命


 恐ろしいほどに凝縮された栄養素の塊。

 しかも俺のカンストした鑑定スキルですら判別できない未知の要素が入り混じり、『狂騒度SS』という見たことも聞いたこともない意味不明すぎる要素を含むこの物質は何物だ!?


 ()()()()と簡単な言葉一つで言うなかれ、不気味すぎる恐怖の因子を含んだその液体は、チルチルと皿の中心を溶かしながら煙を上げている。こんな異形すぎるものを堆肥に混ぜておいて、なぜまず最初にこれを疑わない!? と仰天している俺を尻目に、マルさんはまだ苗を植えた日取りがマズかったに決まっていると凹んでいるご様子。


「いやいやいや、マルさんや。この液体(ブツ)、これは一体なんですか!? 絶対これが原因ですって!?」


「ふえぇ? そんなわけないよぉ。だってそれね、おいらたちが使ってもね、ほんの少し草が伸びるくらいのね、ただの汁なんだよぉ」


 草が、伸びる……?

 いやいや、ちょっと待て!?


 普通に考えてもみろって。植物って子たちはね、少しばかりヤバいものをかけたところで、目の前で急に伸びたりしないものなんですよ!?


 俺は自分が手にしたこの液体に驚愕(きょうがく)しながら、改めてハウスのピルピル草を見上げた。こうしている間にもメキメキと伸び続けている木の幹は、もはや三メートルに達し、天井すら突き破っている。


「な、なるほど。コイツの効力に加えて、もともと俺がピルピル草に付与していたゴリゴリの成長因子がなんらかの反応を起こし、こんな異常成長を……。って、んなもん想像できるかッ!」


 俺のツッコミに怯えてマルさんがまた泣き始めた。いや、そこのモコモコ! 泣いてる場合じゃないでしょうに!?


「しかし実際に私たちの目の前でそれは起こっている。しかも、だよ」


 リッケさんが俺の肩を叩きながら、不意に指さした。俺は導かれるまま、3メートル上に生い茂っている木々の密集地を見上げた。

 空を覆い尽くすように緑色の怪しい穂が揺らめき、その中央ではパイナップル大もありそうな不気味すぎるほど巨大な実が大量になっているではありませんか。


 お゛お゛お゛お゛お゛

 これはこれは、見るも(おぞ)ましい形をした奇形なる一物(いちもつ)ぞ……


 唖然としている俺をよそに、さっさと木に登ったマーロンさんは、実を採取し、リッケさんにトスした。すると彼女は持っていたナイフで実の皮を剥ぎ、表層部分をぺろりと舐めた。


「ちょ、ちょっと、勝手に舐めたら危ないですって!?」


「ダイジョーブダイジョーブ。……う~む、随分とジューシーな果肉ですこと。しかしこれは、もしかすると、もしかするんじゃなくってよ?」


 不敵に微笑みながら俺を見つめるリッケさん。すると今度は果肉を四角くカットしてから、あ~んと俺に口を開けさせ、半ば強引に放り込んだ。


「ちょ!? ムグッ、あむあむ。ん? ……うーん、特に美味くも不味くもない……」


 と言う俺の鼻面にビシッと指先を当てた彼女は、「重要なのはそこ!」と指摘した。そしてマーロンさんに「もう一粒採ってもらえますか」とお願いして受け取るなり、それを俺にトスした。


「ええと、今度は何を……?」


「実の水分を全部飛ばしてもらえるかしら。できればパッサパサに」


 言われるまま実から水分を分離させ、ついでに皮を剥いで彼女に渡す。ふむふむと注意深く確認した彼女は、それをすり鉢に放り込むなり、細かく砕き、少しずつ水を加えて伸ばし、最後に丸く練り込んだ。


「あーーーーー(棒)。これ凄いわ。またしても革命よ、農耕革命。多分私、また奇跡を見てるわ」


 もはや驚きすら超越してしまったのだろう。喜怒哀楽の全てを失ったように無の表情で固まった物体をこね回すリッケさん。ただただ漠然と彼女を見ている俺たちは、意味がわからず次の言葉を待っていた。


「…………?」


「…………」


「……………………?」


「……………………」


「………………………………?」


「いや、いちいち言わなきゃわかんねぇのかよ!? パンだよ、パン生地だろうがよ!? たったの一粒で、こんなでっかい生地が完成しちまったんだろうがよ!!? もっと驚けやスカタン共め!!!」


 激ギレしてるくらいに声を張り上げ、リッケさんがプンプンしていらっしゃる。でもすみません、俺たちにはその意味が理解できません。


「あの申し訳ないのですが、もう少し我々にもわかるように教えていただけませんか。何がそんなに凄いんでしょうか……?」


「あ゛ぁん?」とメンチ切りながら睨みつけた彼女は、太い太い幹をバシバシ殴りながら、「見りゃわかんだろ!?」とブチギレた。


「……同じなんだよ。従来の小さな実と、巨大化したこの実が! しかも品質は超の付く一級品、ハクさんがこだわってた品質はそのままに、ただただ巨大化しているの。その意味がわかる!? これって本当に凄いことなのよ!?」


「は、はぁ……、そうなんですか?」


「当たり前でしょ!? もしこんなふざけたものが量産できてみなさい。それは、恐ろしい量のピルピル草の実が収穫できるってことなのよ。しかもその実がちゃんと食べられるとなれば……。ひっくり返るわよ、この世界の食糧事情が(ゴクリ)」


 なるほど、確かに言われてみれば!

 これまでと同じ量のピルピル草を栽培し、単純にそのサイズを大きくすることができれば、確かに総収穫量は飛躍的に多くなるかもしれない。だけど……


「それって都合が良すぎませんかね? それにほら、もともと普通に収穫していたときと比べて、実の数が少ない気がしますよ。しかもこんなに大きいと、周囲への環境被害や収穫方法についても考えなきゃならないし……」


「それは違います。確かに厳密に言えば、まだ確認すべきことは沢山あるかもしれない。しかし(こと)食糧事情という観点で語るなら、大きいことは『絶対的な正義』です。どんな項目よりも、圧倒的に必要な要素なんですよ。しかもそれが異常な成長率で、かつ短期間で栽培できるのだとしたら……。これはもう革命以外のなんでもありません!」


 従来のピルピル草は、一つの穂に40~50程度の粒が実るが、頭上の幹には多くて10~15個ほどの実がなっている。確かに本来作られる実の数や生育状況とは異なるけど、同じ苗一本から採れる総重量として比較すれば、冗談にならないほど差があるのは確かだ。


「この小さなハウスひとつで採れる実の数が、目視だけで既に200以上。一つの重さが200パーサル(※グラムとほぼ同等)くらいとして、たったこれだけの規模で約0.04サーバス(※トンとほぼ同等)ですって? 馬鹿げてる、異常な量よ」


 この世界には俺の知る近代文明の粋を集めたようなものはまだ存在していない。魔法という裏ワザは存在しているものの、それを扱える者はごく僅かで、ましてや農業に魔法を応用しようという者の数は限られている。


 彼女曰く、この世界で作られる農作物の作付面積あたりの収穫量はまだまだ少なく、1ルプトン(※大体1ヘクタールとほぼ同等)あたり0.4サーバス程度が限界なのだという。


 ほんの6畳程度でしかないハウスのサイズを考慮し、1ルプトンの規模になったことを想定した場合、今回の約1000倍もの収穫量が見込め、単純計算で40サーバスにも及ぶ破格の量が収穫できてしまう計算になる。これを革命と呼ばず、なんと呼ぶのだろうか、と……。


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