第066話 苦悩に次ぐ苦悩
これまで饒舌だった面々も、さすがにこの話題ばかりには閉口し、言葉が出てこない様子。しかし村の者たちからしてみればピルピル草の栽培率が上がるだけでも普通に凄いことで、そこにさらなる付加価値を求めているとは思えない。
やはり俺の目標設定が高すぎるのだろうか。
しかしその程度も達成できないで、何が『食糧問題を解決する』だ。
「前にも言ったけど、私はいつもより少し美味しいものが、いつもより少し多く採れるだけでも嬉しいんだけどなぁ?」
「現実問題として、それで手を打つのはありだと思う。だけど悔しくない? 俺たちの村が、その程度のものしか作れないって思われるの」
俺の一言に、皆の視線が一斉に引き締まった。
それどころか怒気すら含まれる鼻息までもが漏れ出し、皆言葉少なではあるものの、新たなモチベーションを噴き上げている者もチラホラいる。良い傾向だね。
「俺はもう少しコレを改良する方法を考えてみるよ。みんなは引き続き、それぞれの持場で、各自できることを考えてみてほしいんだ。あともう一つお願いなんだけど、アリクイ族のみんなには、さっき受粉作業を実施したハウス内のピルピル草を、ひとまず実がなるところまで育ててほしいんだよね」
すると不思議そうにマルさんが首を傾けた。
「でもハウスはこれからハク様が使うと聞いてたんだな。おいらたちが専有しちゃうと、ハク様に迷惑かけちゃうんだな」
「その点は気にしなくていいよ。ハウスはもともと作業部屋として使っていただけだし、今は自宅でも作業できるしね。栽培方法はみんなに任せるから、まずは好きなように育ててみてよ。次元魔法や必要な環境があれば相談して。手伝うからさ」
「ほんとう!? やった~、おいら頑張ってみる~。前からいっぺん試してみたかったことがあるんだな~」
「失敗してもいいから色々やってみて。苗は俺の方でジャンジャン準備するから!」
目を輝かせてワキワキしているマルさんにハウスの栽培を任せた俺は、その間にまたひとり頭を悩ませるつもりでいた。
どうにかしてピルピル草を進化させなくてはならない。しかし俺の悩みは、数日後まったく別の形で思いも寄らない方向へと進んでいくことになる。
―― それから四日後の朝
自宅にこもったまま悩みに悩んでいた俺は、未だ何も思いつくことなく、背もたれに仰け反ったまま夜更けを迎えていた。あれだけ村人に啖呵をきっておきながら、まるで何も生み出せていない。それどころか彼らは我こそ先にと競い合うように新たな試みを進めており、日進月歩技術を進化させている。このままでは村長として持ち上げられた俺の立場がないッ!
「マズい……、ここんところの俺、本当に何もしてない……。このままでは口だけのいらない人だと彼らに捨てられてしまう。それだけは避けたい!」
頭を掻きむしってみるが、ボサボサの髪の毛が落ちただけで一つのアイデアも出てきやしない。俺は何をしたらいいんだ!?
窓の外を覗けば、夜更けとともに起きてきた村人たちが、今や遅しと仕事を開始させていた。彼らはリッケさんを中心に受粉法の開発を目的に組まれた専門チームの一員で、まだ発足数日だというのに恐ろしい速度でその方法論を進化させていた。
これまでハウスの中という限られた空間でしか動かせなかった蟻たちの操縦について、僅かではあるものの確実にその範囲を広めつつあり、本格的な冬に入る頃にはきっと暫定的な手法を仕上げてくるに違いない。そうなってしまえば、俺の立場はさらに脆弱で情けないものになってしまう!
「アリクイ族のみんなも、のほほんとしてるように見えて実は優秀だし、猫族のみんなは持ち前の統率力でビシッと集団をまとめてるし、ボアたちは圧倒的な体力で昼夜問わず延々と動き続けて必要な下準備のほとんどをこなしてくれている。そして何よりリッケさんだ。彼女はそもそも能力がチートすぎるうえに知識量も異常だし、探究心も行動力も常人じゃ比べ物にならない。どうしてそんな人たちがこんな秘境の村にいるんだよ……。いや、問題はそこじゃなくて、むしろ村にとっては良いことで、だけど俺にとっては立場が……、あーもう頭の中がグチャグチャだ!」
さらに仰け反って大口を開けてみる。
こうしていると、今にも魂が抜け落ちていきそうだ。
「あああああああ、ダメだ。もう何も思い浮かばん。…………散歩でもしよ」
どうやら今日も天気は良さそうだ。
それでも随分冷え込んできた村はそろそろ初霜が降りそうな雰囲気で、冬が始まるまでのタイムリミットがすぐそこまで迫っていた。
「おはようございます、村長。今朝は随分と早いですね」
チームの一人が声をかけてきた。
俺は「あんまり頑張らなくていいよ~」と本気の建前を呟きながら、ふぁ~と大きな欠伸を一つ。なんもしてないというのに酷い寝不足だ!
「付加価値、付加価値。……付加価値とは一体なんなんだ。イモは味覚という最もわかりやすい材料が目の前に転がってた。しかし味というわかりやすい手段が使えない以上、これを除いた新たな要素が必要なのに、凡夫な俺の頭では何も思い浮かばない。……わたくしはどうすればいいのですか、神様!?」
なんだかずっと同じことを嘆いている気がする。
こんなでは早朝の清々しい散歩の雰囲気も湿りっぱなしだ。
「いかんいかん、俺がこれじゃ村のみんなの士気を下げてしまう。俺なんぞのせいで彼らの仕事を妨げるわけにはいかん。俺なんぞのせいで……」
ブツブツ一人呟きながら歩いてみる。
その姿は誰から見ても不審者そのものだ!
俺は自宅横に作った大きな切り株に腰掛け、働いているチームの皆様をボーッと見つめていた。すると次の瞬間、彼らとは全く別の方向から、「ドゴンッ!」という破裂音が響いた。