第062話 村人大集合
「このたびは、おいらたちを受け入れていただき感謝いたしますだ。ウチのバカが勝手に皆様の蟻を食べちまったことのお詫びも兼ねて、どうにかおいらたちもハク様のお役に立てるよう頑張るつもりなんで、どうかよろしくお願いしますだ」
マルさんが連れてきたミナミコアリクイ族の族長が深々と頭を下げた。揃って挨拶を聞いていた猫族の族長やボアボアたちもなぜか満足気なのですが、この人たちはどうして俺に頭を下げているのでしょうね……
「皆さん、言っておきますが、俺は皆さんにここに住まわせてもらってる立場なんですよ。ですから、俺に頭を下げるのは筋違いなんですって!」
しかし全員が揃って首を横に倒し、「???」とハテナマークを頭上に漂わせている。そもそもこの人たちは、俺が森にやってきたばかりの新参者だって本当にわかってるんだろうか。
「安心しろ、困ったときはお互い様だ。それに食料の問題に関しても、ハクがいることだし何も問題なかろう。そうですよね、族長?」
マーロンさんと族長がウンウン頷きながら勝手なことを言っている。あまり調子の良いこと言わないでいただけますかね……?
それにしても、これはまた大袈裟なことになった。猫族の村人や、ボアボアを初めとするボアたちの群れ。それにミナミコアリクイ族の面々が一斉に集まると、これはもうそれなりの規模だ。
しかもそれぞれが揃って全員モコモコで、真面目な顔をしていても、どうにも顔がほころんでしまう。これはいかん、どうしたものだろうか!?
知らぬ間に俺の自宅近くへと村を完全移転させた猫族に加え、裏庭同然の沼地にはボアたちが。そして畑の脇に余っていた土地にマルさんたちの家を建てることが決まり、俺たちはピルピル草の栽培と並行して諸々の作業を進めていくことで合意した。
「それにしても意外でしたよ。マーロンさんやリッケさんは、彼らの移住に反対するものだと思ってました」
「え、どうして?」とマーロンさんが聞く。
「だって、あれだけ苦労して掴まえた蟻たちを食べちゃった人たちですよ? 普通は抵抗あるでしょ。今後も勝手に食べちゃうかもしれないんですから」
「確かに」とリッケさんは笑っているけど、それなりに問題な気もするんだけどなぁ、俺は……
「ところでおひとつ確認なのですが、リッケさんはいつまでこちらにいらっしゃるおつもりで? あれからずっと町へ戻らず村にいらっしゃいますけど、大書庫のお仕事は如何様に?」
ポンと手を打つリッケさん。
しかし妙な冷笑を浮かべたまま、俺のことをジッと見つめている。……何やら嫌な予感が。
「―― めました」
「……ハイ?」
「辞めましたよ、ウフフフフ」
「…………や、やめた?」
「大書庫の仕事はもう辞めてきました。あそこにあった書物の中身はもうほとんど頭に入っていますし、最近はずっと退屈でイライラしていたところだったんです。ですから今後は、こちらの村でお世話になろうかと!」
指さす先にはゲスト用の建物が。どうやら家財道具一式を既に持ち込み済みらしく、猫族の皆さんにお願いしたのか彼女の荷物を整理している真っ最中だ。
「……はい?」
「ということでハクさん、これからよろしくお願いしますね♪」
アリクイ族の族長と固く握手を交わしたリッケさんは、「ウフフフフ、モフモフよ、モフモフ♪」と上機嫌なご様子。ご冗談ですよね?
「いやいやいやいや、さすがにそれはどうでしょうか!? リッケさんの人生までは、さすがに背負えませんよ!」
すると不思議そうな顔をした彼女は、俺のあご下に優しく触れながら、「私の人生って?」と妖しく聞き返した。
「し、収入面や仕事面など、生活の保証に決まってるじゃないですか。他に何があるって言うんですか」
「な~んだ、ハク様が私の一生を面倒見てくれるってことじゃないんだ。ざ~んねん、フフフ♪」
俺が顔を赤くするのを楽しんでいるのか、フッと耳に息を吹きかけ、「引越しの様子を見てきま~す♪」と行ってしまった。
しばしひとり呆然としていると、隣から「オホンッ」と咳払いが聞こえてくる。すぐ我に帰るも、ジトーっとした視線で俺を見つめていたマーロンさんが、「ずいぶんと嬉しそうですね」と一本調子に言った。
「え!? いや、別にそんなことは!?」
「ですよねー。やっぱり人族は人族の女性の方が好みですもんねー。『ハク様』もやっぱり人族ですもんねー。ですよねー」
無表情でくるりと振り返るマーロンさん。
これはマズい、なんだか急激にマズい気がしてきた!!
「いや、そんなのないから! 人族とか、猫族とか、ましてやそんな目でも見てないというか、なんというか!!?」
正しい言葉が出てこない!
誰か、誰か助けてー!!
「ふふっ、バーカ! もう知らない!」
「ご、ごめん、ごめんなさいって!?」
「別に謝ってもらう必要ないし。ね~、ポンチョ?」
欠伸していたポンチョを持ち上げ、俺の顔に押し付ける。「ポンチョお面じゃなーい!」と嫌そうにバタバタするモコモコさんを巻き込みながら抱きついた彼女は、「また仲間が増えて良かったね」と笑った。
確かに。
彼女はいつもそう思わせてくれる魔力みたいなものがあるのかもしれない。
ムキー!と俺の顔を遠ざけようと抵抗しているポンチョのプニョプニョの肉球を鼻にあてたまま、「ムハハハハ!」と笑い返してやる。すると「ポンチョもやるー!」と、モコモコさんも釣られて笑っていらっしゃる。
これから何が起こるかわからないけど、なんだかもう、深く考えるだけ損な気がしてきた!
今はただこの幸せでしかない一瞬を、どうにか楽しめばいいんじゃないかな。
うん、多分そうだ!
そうに決まってる!!