第006話 俺だけ
最悪の空気になってしまった店内の雰囲気を変えるため、「ご迷惑をおかけしました」と店の客に詫びた。すると四人の態度にたえかねていた店主と数名の客が、「気にしないでくれ」と声をかけてくれた。
「奴ら、いつもああなんだ。だがウチも客商売だからね。あんな奴らでも冒険者の間で悪い噂を立てられた日には商売あがったりなんだ。済まんね」
「慣れてるんでお構いなく。あとコイツに新しい料理を用意してもらえますか。ちぃとばかし食うには勇気がいる感じになっちまったんで」
酒浸しになった料理を前にションボリして凹んでいるポンチョの肩を叩き、「まぁ気にすんなよ」と元気づける。先程ポンチョを見つめていた御婦人が、「よかったら」と余っていた料理を沢山差し入れてくれた。これはこれでラッキーだったかな。
「皆さんありがとうございます。今夜はご迷惑をおかけしてしまったので、皆さんに一杯ずつご馳走させてください」
「いいね!」と掛け声があがり、一瞬にして場に活気が戻った。
俺は懐の寒さに震えながら、「普通に生きていくのは大変だ」と呟く。そうして再び運ばれてきた料理にようやくありついたのだった――
「ありがとうよ、またきてくれな!」
気さくに笑いかけた女性店員に礼を言って店を出た俺たちは、パンパンになったお腹を擦り合いながら「ぷはぁ~」と声を上げる。どうやらさっきのことをもう忘れてしまったのか、ポンチョは今までと同じようにピョンピョン跳ね回りながら上機嫌に夜の町を見回していた。
しかしどうやらまだこれで終わりにはしてもらえないらしい。
店を出た直後から、何者かの刺すような視線をずっと感じている。
「さ~てポンチョさんや、そろそろ宿に戻って寝ようじゃないか。今夜はふかふかのベッドで眠れるぞ~!」
「ベッド~!?✨️✨️ ポンチョベッド好きー!」
「俺も大好きだ。よし、それじゃあ宿まで競争だ。走れー!」
子供のようにパタパタ足を鳴らしながら駆けていくモコモコの姿を眺めながら、俺はひとり「面倒くせぇなぁ」とため息をつく。俺は明るい表通りを通り過ぎ、ポンチョと手を繋ぎながら、少しずつ、少しずつ、誘導するように人通りのない裏手の道を選んで進んだ。
町の灯が薄まり、闇があたりの景色と同化し始めた頃、へばりつくような視線の持ち主たちが行動を開始させた。狭い路地に入ったところで俺たちの前と後ろを塞ぐ形で姿を現した四人組は、ヘラヘラ薄ら笑いを浮かべながら話しかけた。
「お~っと、ストップスト~ップ。ちょいとそこのお兄さんがた、止まっていただけますかぁ~?」
姿を見せたのは店で因縁をつけてきた四人組だった。どうやら最初から俺たちをターゲットに決めていたらしく、しおらしくも店から出てくるのを待っていたらしい。……まったく、暇な奴らめ。
シーフ風の男は馴れ馴れしく近付くと、俺の肩に手を回しながらナイフを突きつけた。そして慌ててひぐひぐしているポンチョを戦士風の男に捕らえさせてから、逃げられないようご丁寧に残りの二人を並べて挟み込んだ。
「俺らちょ~っと入り用があってよぉ、少しばかり金が必要なんだ。でぇ、悪いんだが少しばかり金を恵んじゃくれねぇか。なぁお前ら、ギャハハハ!」
酒臭い息を撒き散らしながら、シーフ風の男が耳元で騒ぎ立てた。「やめませんか、こんなこと」と提案する俺の言葉を聞かず馬鹿笑いした四人は、「いいからさっさと出せよ」とポンチョを盾にして要求した。
「トーア! トーアアアアアぁ」
いよいよワンワン泣き出してしまったポンチョの顔に吹き出した俺は、肩に腕を回しているシーフ風の男に聞いてみた。
「ここで引いてくれりゃ、痛い目にあわないで済む。だけどまだ続けるなら、少しだけ酷い目にあってもらうよ。どうする?」
「ハァ? 何いってんだよコイツ、珍獣連れた痩せ男が生意気言ってんじゃねぇよ、ターコ!」
ナイフの先を首に添わせながら、「やれ」と男が指示をした。あうあう泣いているポンチョの襟首を持ち上げた戦士風の男が、わざとらしくモコモコを投げる素振りをしながら俺をおちょくった。
「警告はしたよ。悪く思わないでね」
はぁ……と大きなため息をついた直後、俺は首元に構えていたナイフをポンと落とし、逆に相手の肩をクンと決めてから、さらに逆の手で男のみぞおちに貫手を入れた。そして一番下の肋骨を一本へし折り、それを中から男の肺に突き刺した。
急な痛みに襲われ、シーフ風の男が悶絶し蹲った。外傷がないため何が起こったかわからない他の三人は、慌てふためき倒れた男の様子に目を奪われている。その隙に戦士風の男の手元からポンチョを回収した俺は、残り二人の男のアキレス腱を足払いで断ち切った。
あまりに一瞬すぎる攻防に驚嘆し、残っていた回復役の女が一歩後退する。「え? え?」と点になった目を闇の中に立つ俺へ向け、ポンチョの頭を撫でながら「これくらいで泣くなよ」となだめる俺のことを漠然と見つめていた。
「あ、アンタ、こ、こんなことしてタダで済むと、お、思ってんの!?」
「済むもなにも、ちゃんと警告しといたろ。これ以上絡むなら痛い目みるよって」
「い、痛い目って、アンタ、アタシらが『不落の四壁』の一員だとわかってやってるんでしょうね!?」
「なんだそれ、聞いたこともねぇよ」
女の目の前に顔を突き出した俺は、笑みを浮かべながら「一言だけ」と付け加えた。
「アンタら、さっきコイツのことを『ドブクセェ犬』と言ったな。悪いが、コイツのことを馬鹿にしていいのは世界でただ一人、俺だけなんだよ。もう一度そのドブクセェ面で舐めた口きいてみろ、……次はミンチじゃ済まねぇぞ」
「ヒッ!」と怯えて涙を浮かべた女のデコにパチンとデコピンをお見舞いしてやる。恐怖と痛みで意識を失った女が膝から崩れたのを見届け、俺たちはヒラヒラ手を振り宿へと戻った。しかしそれにしても……
「はぁ……。痛い、痛すぎる。今晩の出費はあまりにも痛すぎるッッ!!」
安心するなりすぐに眠ってしまったポンチョを横目に見ながら、俺は残り数枚しかない手持ちの金を数え、頭を抱えるのだった――
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