第056話 優秀すぎるポンチョ探偵
落ち込む二人をどうにかなだめ、俺たちはゲージの中を入念に確認してみることにした。しかし僅かに残っている蟻のほかに姿はなく、やはりどこかへ消えてしまったらしい。
「そんな馬鹿なことが!? 昨日の今日で、あれだけいた蟻がいなくなってしまうなんて!」
「蟻が逃げてしまった可能性はありませんか?」
「それはわかりませんが……。しかしゲージが壊れている様子はありませんし、今もちゃんと温度管理や魔力管理の機能は動いています。なにより問題が起こって死んでしまったとしても、その亡骸はゲージの中に残っているはず。それが跡形もなくいなくなってしまうなどあり得ません」
「ゲージから逃げた可能性は薄いと。もし仮に共食いしちゃったとしたらどうです?」
「共食いを起こしたにしろ、全体に対する体積が減ってしまうわけではありません。ですから残った蟻たちに何らかの変化が見られるはずですが、そういった様子も見られない。であれば、恐らく共食いの可能性も低いでしょう」
僅かに残った蟻たちを見つめながら呆然と語るリッケさん。しかし生きている生物が、突如として理由もなく消えてしまうなど普通ではない。しかも昨夜からはまだ数時間しか経っておらず、逃げるにしてもそれほど大量に逃げ出すチャンスがあったとは到底思えない。
「だとすれば、意図的に誰かが蟻を……?」
呟きに反応し、リッケさんが目をひん剥いて俺の服をたくし上げた。「貴様かー!」と怒り狂う様は我を忘れているご様子で、「そんなはずないでしょ!?」と反論しても、しばらく怒りが収まることはなかった。
「まずは落ち着いて、冷静に考えましょう。そうですね、でしたらひとつずつ可能性を消してみましょうか」
俺は二人に「吸ってー、ゆっくり吐く~」と深呼吸するように促した。しかし鼻息荒い二人は、血走った獣の眼でフンガフンガ熱り立っている。肉を目の前にした野獣か!
「まず可能性として考えられるのは、誰かがゲージを閉じ忘れたとか、単純な人為的ミスですね。その点いかがですか?」
するとリッケさんがフンヌッと手を挙げた。
「それはあり得ません。例えこの私がこの扉を閉め忘れたとしても、このゲージは自動的に閉まるよう設計してあります。何より、これだけ楽しみにしている私が扉を閉め忘れるはずがありません!」
それにはマーロンさんも同調し、昨晩は二人でしっかり確認し、ゲージを後にしたという。そこはしっかり見たのね。
「では次です。今度はこの中の誰かが意図的に蟻を逃がした場合でしょうか。いや、意図的でなくても逃がしてしまう可能性はあるのかも。そこは如何です?」
しかし俺の質問自体に食って掛かった二人は、「そんなのあり得ない!」と反論する。むしろお前の仕業だろと疑われることとなり、また針の筵となっております。
「で、では次の可能性を考えましょう。今度は偶然の可能性ですかね。偶然なんらかの現象が起こり、蟻たちが逃げてしまった、とか?」
「漠然と偶然などと言われても……。私にはどんな偶然が起これば蟻が逃げてしまうのか想像もつきません」
いじけたようにリッケさんが呟く。
確かに偶然でこれだけの数の蟻がいなくなるとは考えづらい。となると残る可能性は絞られるが……。なんともそれを口にするのは少々後ろめたい気もする。
「だとすると、残る可能性はもう一つしかないですね……」
場に緊張感が増していく。
それは当然、これから語る可能性が、皆にとって最重要事項であることを全員が理解しているからだ。
「俺たち以外の第三者が意図的に蟻を逃がした。もしくは処分した、と考えるのが妥当でしょうね」
そう、残る可能性で最も大きいのはこれしかない。怒りのぶつけどころがなく、俺の頭の上からポンチョを奪ったリッケさんは、「ポンチョちゃんは蟻さんがどこへ行ったか知らないよね!?」と質問した。
「ポンチョ、アリさん知らな~い」
俺の隣でずっと寝ていたポンチョがそんなことを知る由もない。これは紛れもない事実だ。
……しかし俺は経験則で知っている。
こんなときに限って、いつもポンチョがおかしなことを言い出すことを。
俺の思惑を知ってか知らずか、突然リッケさんの手を振り解いたポンチョがゲージの中を覗き込んだ。そして僅かに残っていた蟻たちを嬉しそうに見つめながら、「これすごーい!」と何かを指さして喜んでいる。一体何が凄いんだ?
俺たちはポンチョの言う凄いものを探し、もう一度ゲージを覗いてみた。しかし特に凄いところはなく、中では数匹の蟻が歩き回っているだけだ。
「ねぇポンチョ、何が凄いの?」
マーロンさんがポンチョを抱えながら質問した。するとウチのモコモコさんは、身を乗り出すようにしてゲージに入り、箱の中から一ヶ所を指さして言った。
「え? ゲージの中?」