第047話 フィールドワーク開始!
「フィーーーーールドワーーーーークッ! フィーーーーールドワーーーーークッ! フィーーーーールドワーーーーークッ、yeah〜〜〜!!」
妙なテンションと異様な奇声、そしてへんてこな動きで森を闊歩する様は奇怪と呼ぶに相応しく、これだけ存在感を放っているにも関わらず、魔物どころか虫すらも寄り付かない。ここがシンと静まり返った夜の森なのが不思議なくらいに、俺たちの周辺だけはお祭り騒ぎである。
「ほら、お二人ももっと声を出して! せっかくのフィールドワークですよ、元気にいきましょう、元気に!」
子供が使うタモのような道具片手に全身迷彩柄で森に溶け込んだリッケさんは、高笑いしながら随分と楽しそうである。反面、引きに引いているマーロンさんは、彼女と目を合わさぬよう努めながら、ずっと他人のふりを決め込んでいる。いや、無理ですけどね。
「そういえば、お二人のお名前を聞いていませんでしたね!? お名前をお聞きしてもよろしいですかー!!?」
「あの……、もう少し小さな声でお願いしてもいいですか。俺はハクで、そちらはマーロンさん。彼女はこう見えてAランクの冒険者さんです。よろしくお願いします」
「え、Aランク!? 超一流の冒険者さんじゃありませんかー! だったら私もひと安心ですね。森の魔物に襲われたとしても。襲われたとしても!! アーッハッハッハ!!!!」
ヤバいなこの人。
興味と期待とテンションがブチ上りすぎてて、もはや正気を失っている……。
「して、ハクさんマーロンさん。これから私はどこへ向かえばよろしいので?」
「え? いや、そう聞かれましても」
「何を仰っているのですか! お二人がいなければ、私はどうすることもできないのですよ!?」
恐ろしいことをサラッと言ってのけたリッケさん。あれだけの博識でありながら、興味の前では狂信者となってしまうその脳ミソ、感服いたします。
「どうしましょうマーロンさん、危なそうな人だしお茶を濁して誤魔化しましょうか(ヒソヒソ)」
「ですね。もしくは危ない人でしょうから、このまま森の奥に捨ててくるのもありかと思います(ヒソヒソ)」
「そこッ、聞こえてますよ! いいから早く私を蟻のもとへと導きなさいッ! 今すぐッッ!!」
場にそぐわない賑やかさは異常そのもので、こんな状態では慎重な蟻たちとの遭遇など夢のまた夢である。何より彼らと出会うためにはトゲトゲさんの助力が絶対不可欠ではあるものの、彼本来の姿をリッケさんに見せるのは問題が大きすぎる。
しかしそんな俺たちの動揺を簡単に打ち破り、スタスタとこちらへ近付いてきた彼女は、俺の影に隠れていたトゲトゲさんをむんずと掴むなり、子供のように抱え上げ、その恐ろしいほどに迫力の増した顔面を近付けて言った。
「ブラックデモンズフォーグの亜種ですか。まさかこれほど高ランクの個体に生きた状態で出会えるとは思いもしませんでした。書庫でこの子を見かけたあのとき、私の心がどれほど躍ったことか。貴方がたにはわかるまいッ!?」
圧倒的戦力であるトゲトゲさんがビビり散らかすほどの顔で迫ったリッケさんを引き剥がし、俺はため息つきながら「ひとつ、約束してください」と忠告した。
「ここで見たことを絶対に他言しないこと。それを約束いただけるなら……、仕方ないですね」
すると彼女は右目のメガネに手をかけ、不敵に微笑みながら変なポーズをとった。そして「当然です」と呟きながら、今度はヒーローにでも変身するかのように言った。
「こう見えて、わたくし口はちょー堅いのでございますよ。何より研究結果を他人に伝えるなど言語道断、この命尽きるまで、何人にも話すことなどあり得ないことを此処に誓いましょう!」
キメながらドーンとポーズ。
この人あれだな、本当にヤバい人だ。
しかし小型化したトゲトゲさんの正体をひと目で見破った人は初めてだ。そもそもその正体を知っていてなお、彼女は冷静どころかその先に眠っている真実にしか興味がない様子。これは相当にアレな人物に決まっている!
「なるほど、これで合点がいきました。近頃モリスの奥地に異様な魔物が住み着いているとの噂がありましたが、この子がその正体でしたか。幻惑とその巨体で他者を圧倒するブラックデモンズフォーグらしい戦い方ですね。しかもその子を操っているのがAランクの冒険者となれば……。お宝の匂いがしますね!?」
グヘヘとグールのような笑みを浮かべて舌なめずり。しかしそれを当然のことのように受け入れられる度量の大きさはなかなかのものだ。こうなってしまった以上は仕方がない。
トゲトゲさんに声をかけた俺は、口に指を立て、「お静かに」と忠告する。わくわく肩を強張らせながら上下しているリッケさんを横目に、巨大化したトゲトゲさんが捜索を開始した。
数分後、尻尾が揺れ、合図を受け取った俺は、マーロンさんとリッケさんを肩に担ぎ、尻尾の先を追って飛び出した。
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