第042話 漆黒の仕事人
「少しだけ質の良いものがいつもの量採れました、では意味がない。何かしらの付加価値がなければ、俺たちが新たに作り出すモノである意味がない!」
「そうかなぁ? 私はいつもより少しだけ美味しいものが普通に栽培できるだけでも嬉しいけど。ポンチョやトゲトゲさんはどうかな?」
「ポンチョ、お昼寝するのが好きー!」
「トゲトゲトゲー!」
マーロンさんや、聞く人が間違ってますよ……。ポンチョさんはまだしも、トゲトゲさんは話すことすらできないんですから。
なのに、「え?」と聞き返した彼女は、トゲトゲさんにもう一度同じことを質問した。
「トゲトゲトゲゲー、トゲトゲトゲー」
「え、本当? でも本当にそんなことあるの?」
「トゲトゲトゲー!」
うん?
あれ、なんだろう。なんだか会話が成立してるみたいな気が……。もしかして、マーロンさんはトゲトゲさんとも会話できるんですか!?
俺は彼がこーーんなに小さなときから時間をかけて、やっとのことで少しだけ気持ちを読み取れるようになったのに、その苦労をこんな一瞬で!?
「ねぇトア、トゲトゲさんが言うには、もしかすると、もっと効率的に受粉できる可能性があるかもしれないよって」
うわぁ、やっぱり会話できてる!
俺の12年の苦労が、俺の12年が一瞬で上書きされてしまったー!
「そ、そうなんですか、それは凄い、……すねぇ……」
「え、トア、なんか凹んでる?」
「いやいや、そんなじゃないですよ。自分の無力さを嘆いてるだけです……。俺の12年にも及ぶ努力がショボかっただけですし……」
「もー、よくわかんないけどちゃんと聞いて! トゲトゲさんが言うには、もしかするとこの森に、シンリンスアナバチの代わりになるような生き物が他にいるかもしれないんだってさ」
「シンリンスアナバチの代わり……? え、なにそれ。聞き捨てならないんですけど」
トゲトゲさん曰く、この数ヶ月、村の守りを固めてきた中で、周囲の環境を事細かに観察していたらしい。本来の目的は外的の排除や守りの必要性の有無を判断するためみたいだけど、その中で森に住んでいる固有生物についても色々と目星をつけていたんだって。
「ピルピル草自体は森の中にも自生してて、中にはそれを食べる生き物や魔物もいるんだって。確かに私も冬になると森の中でチラホラ見かけたけど、そこまで気にしたことはなかったなぁ。それで?」
もちろん村周辺にもピルピル草は生えており、ここのところちらほら見かけるようになったという。早いものでは既に実をつけているものもあり、それを目当てにしている生き物もいたのだという。
「凄いね、そんなこともわかるんだ。でもシンリンスアナバチの代わりになるって、私そんな生き物聞いたことないよ?」
トゲトゲさんは小さな身体でボディーランゲージを交えながら彼女に何者かの存在を伝えた。しかもそいつは『天気の良い夜』にしか現れず、そのうえ妙な習性があるらしい。なんだそりゃ?
「え? じゃあもしかして、その生き物は受粉っていう行為自体を理解して、ピルピル草に花粉を付けているかもしれないってこと?」
器用に節を折り曲げ、トゲトゲさんが頷いた。……いやいや、トゲトゲさんってこんなに賢い生き物だったんですか。会話の内容もいちいち端的でしっかりしてるみたいだし、なんなら俺たちの目的を完全に理解してくれてて、完全に目からウロコなんですけど。これまで何も知らなかった俺を許して、トゲトゲさん(泣)!!
「なるほどねぇ、それは探してみる価値があるかも。じゃあさ、トア。私たちも一度その生き物を探してみない?」
「と言われましても、……わたくしはトゲトゲさんの言葉などひとっつもわかりませぬし、なんなら契約主なのにトゲトゲさんの気持ちひとつわかりませぬし、むしろ契約主失格というか、マーロンさんのがトゲトゲさんの主として優秀すぎというか、なんというか……」
「もう、いい加減にしてったら! 天気の良い夜ってなると、今夜はちょうど雲もなくて空気も乾燥してるから最適かも。早速今夜トゲトゲさんに案内してもらって森に入ってみようよ!」
俺の腕を強引に持ち上げ、彼女が「おー!」と号令をかけた。
しっかしアレですな。
私の周りの皆様は、本当に優秀すぎて困ってしまいますな……。
このままだと俺、みんなに必要とされなくなって、そのうち村から追い出されるんじゃね!?
嗚呼、鬱だ。
そんなことを考えながら、俺たちは漆黒に染まった寒空の下、まだ見知らぬ生き物を求め、夜の森を彷徨い歩くのであった。