第041話 大きな問題点
実地調査の結果、ピルピル草には幾つかの問題点があることがわかった。
まずピルピル草という穀物そのものの育て方についてだ。
ピルピル草の実自体に関していえば、因子分析や状態付与など、コリツノイモのときと同じように俺のスキルを使って脱法紛いの準備することは可能だと思う。しかしピルピル草の場合、問題はそこではない。
簡単に言ってしまうと、コリツノイモは生育そのものに他者の力を必要としなかった。さらにわかりやすくいえば、コリツノイモは『栄養繁殖』を行う植物であるため、いわゆる『受粉』と呼ばれる作業が不要だった点が大きい。
「ピルピル草は受粉が必要な作物だから、私たちの村では必要な時期がくると村人総出で受粉作業を手伝っているの。それでもやっぱり人の手で行うと上手くいかないことも多くって、つける実にバラつきが出たり、失敗も多いみたいで」
驚いたことに、元の世界のライ麦と違いピルピル草には受粉が必須で、しかも相当面倒な手間が発生してしまうらしい。その工程のせいで、次元魔法を使った自動成長を促す育成方法が難しく、コリツノイモのときのような爆速採取がそもそも難しいのだという。しかも何より肝心となるその受粉作業についても、冬にしか姿を見せない『ある生き物』の力が必要不可欠らしくて……。
「それがこの子たちよ。出てらっしゃい、シンリンスアナバチのみんな!」
勢いよく飛び出してきたのは小さな蜂で、人に飼いならされた小型の魔物だという。ピルピル草などの花粉を集める習性があるらしく、この世界ではこの魔物を使って受粉作業を行うのが一般的なのだという。
「この子たちは夏が苦手みたいで、冬の間しか活動できないの。だから寒くなってくると、こうして外に出て森中に咲いている冬の草花から花粉を集めて回るの。私たちはこの子たちの習性を利用して受粉作業をするんだけど、それも限界があってね。彼らだけで難しい部分は、私たちが手作業でやってあげないといけないんだよ」
「なるほど、いわゆるパワープレイですか……。それは非効率的ですね」
自分たちの意思で動かすことのできない作業は、必然的に作業効率が激減する。しかしそれ以外に方法がないとなれば、その方法を使うしかないのもまた現実だ。
「まずは一度、実際にピルピル草を育ててみましょうか。イモのときと同じように、擬似的に冬を模したハウスを使ってやってみましょう」
そうして夏季と同じく一週間をかけて因子を整理した種を準備し、俺は開発班(※猫族の族長に手を借りて農業専用班を発足させたのだ!)とともにピルピル草栽培に取り掛かった。
発芽から植え直しまでは従来の次元魔法を使った倍速法で進め、いよいよ受粉可能にまで育ったピルピル草を前に、俺たちは虎視眈々と準備を整えた。
ライ麦というより、どちらかといえばトウモロコシに似ていると言えばいいだろうか。粒の数だけ無数に伸びたヒゲのようなものに垂れ下がる形で雌穂が広がり、そこにピルピル草の先端にある雄穂で作られた花粉が飛んで触れることで受粉完了となるのだが、これがなかなかに難しい。
「それじゃあシンリンスアナバチを離すよ。ちゃんと見ておいてね」
ハウスの中に放ったハチたちがそれぞれ飛び立ち、思い思いの株に触れながら花粉に触れていく。しかしそれも一筋縄ではいかないようで、いくつかの工程が必須となってくる。
「まず花粉を採るためには、ピルピル草の先端についている殻のようなフタを取らなきゃいけないの。ハチたちは固いクチバシでそれを取って中に入って、身体全体を使って花粉を吸い出すの」
ペットボトルのフタでも外すよう、器用に殻を外したハチたちは、先端の出っ張り部分に身体を突っ込むと、全身で蜜を吸い始めた。そうしているうちに花粉が身体に付き、ヒゲのように無数に伸びた雌穂に偶然付着する、という流れになるわけだが、見ているだけでも確かに効率が悪すぎる。
そもそもヒゲの数が多いわりに、ハチたちもそうそう都合よくヒゲに触れてくれるわけではない。何より彼らは蜜を採ることが目的なので、受粉作業を進めたいのは人側の勝手な都合でしかない。上手くいかないことが前提で、最終的には人の目で一つひとつ確認しながら足りない部分を補うという二度手間が発生してしまう。
「ダメだ……。こんなペースでやってちゃ、とてもじゃないけど時間がかかりすぎる。大規模化しようにも、これだけ受粉作業が難しいとわかっていたら数が限られちゃう。……これは根本的に考え直さないと無理かもなぁ」
ほんの一畳に満たない株ですら、数時間の人手と手間がかかってしまった。
これでは従来どおりの規模で、従来どおりの量の収穫しか見込むことはできそうもない。
確かに因子の組み換え等によって、できあがった農作物のデキ自体は向上するかもしれない。しかしピルピル草の実は、乾燥させ『粉』として使うのが一般的だ。苦みや渋みという味覚的マイナスが除去できたとしても、それを補ってあまりあるほどのメリットがあるかといえば弱い気がする。
……いや、弱すぎる!
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