第039話 ピルピル草
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どうにか無事に三回の収穫を終えた頃、暖かかった村の空気は次第に乾燥し僅かに肌寒さを感じ始め、村に始めての冬がやってくる――
あれから三ヶ月の月日が経過した。
ギルドとのゴタゴタや新たな問題の発覚など、列挙すればそれなりのことがあったけど、村は概ね平和で、今もこうして俺はモリスの森の奥地で生活を続けている。
最初のイモを栽培をしている時点で妙な気配は感じていたけれど、俺の知らぬところで村の完全移転を決めていた猫族の族長とマーロンさんが俺の村へと移ってきたのをきっかけに、今やほとんどの村人が俺の自宅を取り囲むように家を建て、そこで暮らすようになっていた。イモの所有権について話したときはあれほど謙虚だったにも関わらず、自分たちの村に住んでもらえないのなら自ら動いて俺を取り込んでしまおうと即断するあたり、ある意味で彼らの強かさを感じてならない。けど逆にそれが彼らの強みであり優しさだと知ってしまった俺は、彼らに甘えながら、持ちつ持たれつこうして日々を暮らしている。
ポンチョやトゲトゲさんもすっかり村での生活に慣れ、猫族やボアたちとも仲良くやっている。トゲトゲさんに関しては、初めこそ村人に不気味がられていたものの、その慎重すぎる性格に気付いてからは、それぞれが手を差し伸べ、優しく接してくれるようになった。今では村のマスコット代わりとして、猫族の子供たちにとって格好の遊び相手になっている。
「フンフン、フンフンフフンフ~ン♪」
嬉しそうに木の枝を振り回すポンチョさん。
鼻歌なんか口遊んじゃって、こ~の可愛らしいモコモコさんめ!
「それにしても……。随分寒くなってきたねぇ。そろそろ冬支度しないとな」
コーレルブリッツ公国へやってきて、いつの間にやら半年が過ぎていた。嬉しいことに今のところは不要な干渉も受けず、平穏無事な日常を過ごせている。
「おはよう、トア。ポンチョもおはよー!」
ポンチョを抱えて高い高いするマーロンさん。こうして朝の散歩をすることも、もはや毎日の楽しみになっている。まったくもって、幸せな毎日とはこのことだね!
「トア、昨日は大丈夫だった? 族長が随分無理を言ってたみたいだけど」
「ああうん、大丈夫大丈夫。それにしても随分寒くなってきたね。あれ……、なんとなくだけど、マーロンさん前より毛が伸びてない?」
少しだけ顔を赤らめて「おかしい?」と聞き返す彼女。「触りたい」とふざけて答えると、「変なこと言わないで」と怒った。可愛い。
「私たち猫族は冬がくると毛が伸びてボワボワになっちゃうの。だからこまめに手入れしないと、す~ぐ伸びちゃうのよ。ホントもう、嫌になっちゃうわ。ね~、ポンチョ!」
「ポンチョ、ケーボワボワ!」
うむ。確かにボワボワだなと笑う。
モコモコさんがますますモコモコになり、こちらとしては万々歳であります。
「しっかし夏季も終わりとなると、そろそろコリツノイモの収穫も終了みたいだね。ボアたちの食料としては十分な量を確保できたけど、冬季はどうしようか?」
すると俺の質問にピョンと跳ねたマーロンさんは、そうだそうだと指を立て、近くの倉庫らしき建物を指さした。
「ええと、あれはなんでしょうか?」
「口で説明するより実際に見たほうが早いと思うよ。それじゃ早速見てみよー、おー!」
ポンチョを連れて走り出す彼女は、楽しそうにキャッキャと騒ぎながら行ってしまった。毎朝元気ですねぇとほのぼのしている俺は、深夜の見回りを終えて戻ってきたトゲトゲさんを回収しつつ、少し遅れて倉庫を覗き込んだ。
「あ、やっときた。ほら~、こっちだよ、早く早く!」
ポンチョとマーロンさんに手を引かれた先では、うず高く積み上げられた何かの束が並んでいた。一見したところ、なんらかの農産物みたいだが、……これはなんだろう?
「こちらはなんの倉庫ですか?」
「ふふ~ん、ではトアにクイズです。この穀物は一体なんでしょうか?」
彼女が袋の中から取り出した粒のようなものを受け取った俺は、それをまじまじと見つめてみた。しかし……
「わからん! ……あ、でも待てよ。あれだ、これは前に言ってたパルパル草の実だ!」
「ブッブ~、不正解。パルパル草は暖かい時期に作るものだって言ったよね。正解は、『ピルピル草の種』だよ」
「ぴ、ピルピル……?」
「そう、ピルピル草。パルパル草に似た実をつける、このあたりでは一般的な冬の穀物の代表だよ」
聞くところによると、目の前に積まれたこれらの束はピルピル草と呼ばれる穀物の種(※実)で、これから畑に蒔くために、ここで保存されているらしい。この先、冬が進んだところで畝を準備した畑に種を蒔けば、芽を出し、それこそ麦に近い穀物が沢山採れる、らしい。
「そこで提案なんだけど、今年の冬はみんなでピルピル草を育ててみない? もともと猫族の村では小規模だけどピルピル草を栽培してたんだ。だけどなかなか育成が難しくって、沢山採れる年があまりなくて困ってたんだぁ」
「……ピルピル草ね。しかし俺はまだこいつを食べたこともなければ、どんな穀物なのかも知らないわけで、どう答えてよいものか」
「だったら善は急げよ。これから町に行って、実際に食べてみましょ♪ ほらポンチョとトゲトゲさんも、これから一緒にマイルネの町に行ってご飯だよ、おー!」
勝手に予定を決めてしまうマーロンさん。
今日は一日、コリツノイモの品種改良を進めようと思っていたのに……
無念です!