第028話 生きている喜び
爽やかな風が畑の畝を抜けていく。
ほんの一週間前は短い枝でしかなかった緑色の幹が、喜びの声を上げるように、さわさわと柔らかに揺れている。
朝日が差し、壮大に広がった農場全体に始まりを告げる遠吠えが響く。陽の光とともに始まる森の一日が、また始まりを告げるのだ。
しかしそんな穏やかな始まりとは対照的に、ゾンビのように白目を剥きながら畑の袖で半病人のように眠りこけていた俺は、同じくのびたように眠りについている猫族やボアたちと同じく、農場を訪れた誰かに肩を叩かれた。「ほら起きて」というその人物は、美しく朗らかに育った農作物を前に「最高の出来だね!」と喜びに満ちた声を上げるのだった。
「う、うぅぅぅ、頭が痛い、完全に魔力切れによる魔力酔いだ、もし俺が死んだら骨は南方の海に撒いてくれ……」
「そんな簡単に死なないよ! ほら、いいからシャキッとして。収穫の朝だよ!」
本来のコリツノイモからは似ても似つかないほど巨大に成長したツルは、太陽の光を浴び、すくすくと真っ直ぐ成長し、それはそれは立派な葉を蓄えている。しかし、だからといって地中の実が上手く成っている保証はなく、こればかりは掘ってみるまでわからないのが現状だ。
マーロンさんに肩を担がれ、足を引きずりながら畑の中央を訪れると、既にそこでは収穫作業を行うために集まった猫族やボアたちの姿が。
本来はツルを伐ったり試し掘りをしたりと事前準備が必要なのだが、今回ばかりは余裕がなくて絶対必要な工程以外は全部すっ飛ばした。それがどのように影響を及ぼすかは予想もつかないが、もはや成るように成るしかない!
「そ、それではマーロンさんや、収穫作業を始めましょうか……。それより俺は寝る、いや、寝させてください…………」
「なに言ってるのよハク。貴方がいなきゃ作業は始まらないに決まってるでしょ。では皆さん、これからハクより挨拶があります。心して聞くように!」
磔に処された神のように皆の前で強引に立たされた俺は、しおれて衰弱した身体を奮い立たせ、出ない声を強引に腹から絞り出し、「それでは収穫を始めましゅ!」と宣言した。するとそれに応えるように、皆々が口々に気合いの言葉を叫んだ。
「それじゃあハク。まずは貴方が最初に収穫して」
「え? いや、それは俺じゃなくても……」
「なに言ってるの。貴方が最初に決まってるでしょ。ここは貴方の畑なんだからね!」
半ば強引に収穫用の器具を持たされた俺は、ふらふらで動かない身体にムチ打ち、「お~」と気合いの入らない声を上げた。そして死に物狂いで重い器具を振り上げ、ツルの手前に突き刺した。
その下に眠るモノに期待を寄せた全員が、喜びの瞬間を想像し、ゴクリと息を飲んだ。「はぁぁぁ」と気の入らない俺の掛け声にも関わらず、皆の力の入り様は想像以上だ。
テコの原理を利用し、器具を空中へ跳ね上げる。すると次の瞬間、太い太い根っこに絡みつき、それはそれは巨大なコリツノイモの塊が、それはそれは見事に宙を舞った。
「……す、凄い。本当に凄いよ……!」
マーロンさんの第一声に続いて、皆が口々に喜びに満ちた歓声を上げた。手にしたイモの実は本来のものとはまるで異なり、大きい、重い、みずみずしいの三本増しで、しかも根の先には無限に思えるほどの実が連なっていた。「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と全てを出し切ったように安堵した俺は、喜びとは全く違う別の感情に襲われるまま、器具を高く高く放り投げた。
プシューと空気が抜けたように俺が地面に這いつくばる中、集まった人々による収穫作業は着々と進んだ。
農地の土が良すぎたこと。そして急仕上げの苗が思いの外上手くいったことが功を奏し、俺が想像していた何倍ものコリツノイモが収穫され、イモが高く高く積み上げられるたび、収穫に関わった人々から喜びの声が上がった。
「俺はもうダメだ……。しかしもはや後悔はない。俺が死んだら、パソコンは風呂に沈めておいてくれ……」
「なにわけのわからないこと言ってるの! 大豊作だよ、ハク!!」
「ダイホウサク……? なんだいそれは、どっかの馬の名前かい?」
「もうそんなのいいったら! ほら、ちゃんとその目で見てみなよ!」
ヨレヨレな俺のことを収穫したコリツノイモの前に立たせたマーロンさん。その様は、まさにあの有名な神様が十字架に磔にされた姿のようだったと云う……。
「おお……、これはこれは神々しい」
「いつまで可笑しなこと言ってるのよ。シャンとしなさいよ、シャンと」
尻を叩かれた俺は、仕方なく背筋を正し、積まれたイモの一つを手に取った。軽く手からはみ出てしまうほど大きな楕円形の塊は、今にも自分を食べてくれと言わんばかりにふくよかに、そして芳醇な香りを漂わせていた。
俺は銀紙代わりにまとわせた魔力の上から熱を加え、手の中でいわゆる『焼き芋』を再現してみた。一瞬にしてホカホカの焼き芋ができあがると、その香りに反応したボアたちから感嘆の声が漏れた。
「なんたる甘い香りか……!? ハク殿、この香り、まさかコリツノイモのものだと!!?」
猫族の者たちからも、その匂いに釣られて悲鳴に近い賞嘆の言葉が漏れていた。俺は皆に目配せをしてから、一足先にイモの皮を剥き、先っぽをアムッと口にした。
皆の視線が注目する……
そして一瞬の静寂……
嗚呼、これはあれだ。
……美味い。
…………美味すぎる。
美味すぎる美味すぎる美味すぎる!!
「スイートポテトや、これはまさに、スイートポテトの味やで~~♪♪♪」
糖度70%(※体感)!!
これはダメだ。疲れた身体がとろけてしまう~!!!
全員に行き渡るようにイモを配ったマーロンさんは、声を合わせ、「せ~の!」で一斉にイモを口へと放り込む。
すると、出るわ出るわ。
この世のものとは思えぬ称賛の数々が……
「美味い、美味すぎる!? 本当にこれがいつも我々が口にしているコリツノイモなのか!!? まさか、信じられん!!」
猫族の誰もが己の舌を疑いながらイモを口にしている。ボアたちもいつも食べているイモとの違いに信じられず、あまりにも美味いイモの味に舌鼓を打っていた。
「何をどうしたらこんなものが生み出せるのか……。奇跡、まさに奇跡だ……!」
猫族、そしてボアたちが、うず高く積み上げられたコリツノイモを見上げながら、神を崇めるように頭を垂れた。マーロンさんも一緒になって「ハハ~」と地に頭を伏せている。……なんなんでしょうね、このテンション。
「ポンチョ、これ好きー! ト~アも好き~?」
口のまわりに蜜をべっとり付けたポンチョが嬉しそうに笑っている。俺はポンチョを我が子のように抱え、「あったりまえだろ!」と返事する。
これだよ。
これが人生の、生きてる喜びだよ!
こんなときのために、俺たち人は生きてるんだよな、きっと。
ワッショイワッショイという人々の賑わいはしばらく続き、こうして俺たちにとって始めての収穫は終わりを告げた。
しかしこのたった一度の収穫が、これから先の村の運命を変えていくとは、まだ誰ひとり知らなかったわけで――
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