第025話 細くて甘いの
「甘み? 確かにこのイモは甘みより苦みが強い食べ物ではあるけど。それがどうしたの?」
「この二つのイモを比べたとき、たった一つだけ明確に違うものがあるんだ。実はそれが甘みなんだよ」
「え? だけどそれだけ? 実際に食べてみると、随分違う味だと思うんだけど」
「露店に並んでたものと、畑でもらったものを比べてみたから間違いないと思うよ。要するに、普段みんなが食べているコリツノイモとの違いについて考えたとき、どこにその違いがあるのかというと、単純にその甘さの数値だけってことになるんだよ。意味がわかる?」
「よくわからないけど、ただ甘くなるだけで、このイモが美味しく感じてるってこと?」
「そのとおり! ……だったらさ、試してみたくない? もっと、さらに、メチャクチャに甘~いコリツノイモを」
俺の言葉に興奮したポンチョが「食べたーい!」と叫んだ。どうやらポンチョはもともとコリツノイモが好物らしく、ダラダラよだれを垂らしながら早くも喜んでいる。まだ早いから……
「簡単に言うけど、そんなこと可能なの? そもそも畑のご夫婦も言ってたけど、このイモだってそれほど甘いわけじゃないよ。何よりこれを種に使うのはダメだと言ってたし」
「ああ、祝福の件? だったら大丈夫。そもそも祝福って、あれ魔法で浄化と洗浄を行ってるだけだから。前に悪徳貴族の家でメイドのお嬢さんに教えてもらったんだよ。それを利用して金を稼いでる悪徳業者が沢山いるって」
「そ、そうなの!? 全然知らなかった……」
「そしてここからが本題ね。このコリツノイモをどうやって甘くするのか。これから先が、ついに俺の出番です!」
俺は並べたイモを順々に鑑定し、その中から最も甘い一つを選別する。そしてその一つを半分に割り、中の成分を一つひとつ抽出していく。
「え……、ハク、何をしてるの?」
「この環境だとなかなか難しいんだけどね、コイツの情報を分析してるんだよ」
「ぶん、……せき?」
「簡単にいうと、このイモを構成してる物質の鑑定……、いや、このイモの甘さの理由を調べてる感じかな。俺は固有スキルを使ってそれらの調合をすることができるんだよ」
「なにそれ、凄い! ……でもコリツノイモを調合って、まったくイメージできないんだけど……?」
「実際には、必要な因子を追加付与したイモを合成して作る感じなんだけど、まずは必要な因子を見つけないことには始まらなくってね」
「…………。よくわかんないけど、なんだか凄いね!」
ざっくり凄いでまとめられてしまった。
しかし細かい話をしたところで意味もないし、そんなこと知らせる必要もない。
さらに言えば、それを伝えることは、これまでに送ってきた俺の半生を知らせることに繋がってしまう。
俺がこの能力を駆使しなければならなかった理由。そんなもの、俺はもう金輪際、誰にも話したくはない。
「将来的には、もっと詳細な因子を調査して、必要な部分だけ特化して抽出してやれば、さらに優れた農作物ができあがるはずさ。……まぁ、失敗も多いと思うけどね」
細かなバランスの話をしてしまえば、恐らく馬鹿げたパターンの検証をしなければならないだろう。転生前の世界は、その努力を延々と繰り返し、嘘みたいに美味しい野菜や果物を作り出していた。それを容易く実現するなど無理な話だからね。
ただ驚いたことに、俺はその昔、農作物を育てるための農薬を作っていた。しかもその中で、様々な食品の情報をこの目で見てきた。なんならどんなバランスになれば食品が美味くなるか、なんてことも目にしてきた。
「例えばこのイモは、まず決定的に甘みが足りない。だからバランスが悪くて苦みやエグみが勝ってしまって、反射的に『美味しくない!』と思ってしまう。だったらまずはそれらを掻き消すほどの甘みと、少しの塩味と旨味を追加してやろうじゃないの!」
頭の上に???を漂わせるマーロンさんとポンチョはさておき、これから先の作業は時間との勝負になる。
ちんたら一つひとつ因子を調査して進めていたのでは、いつまでたっても問題が解決できない。まずはズバッとわかりやすいバランスに整え、さっさと形にすることが求められる。……とくれば、やることは一つだ。
「魔法による時短作業と、脱法紛いの要素組み換えだ。前の世界じゃ遺伝子組み換えなんて言われて下手すら逮捕案件だったが、この世界の要素組み換えについては、この十年俺の身体で問題ないことは既に実証されている。問題ない……!」
怪しいマッドサイエンティストのように目を光らせた俺の姿に、二人が酷く引いている気がする。しかし今はそんなこと気にしている場合ではないのだ!
「ちなみにマーロンさん。次元魔法(※時間や空間を操る魔法)や天候魔法、温冷魔法を操ることができるお仲間はいらっしゃいますか。もしいたら、お手伝いをお願いしたいのですが」
「う~ん、次元魔法はちょっと難しいかもしれないけど、簡単な天候魔法や、熱や氷の魔法を使える人はいるかも。ちょっと族長に聞いてくるね!」
勢いよく小屋を飛び出していくマーロンさん。ホント、なんだかんだ言いながら、俺なんかのためによく力を貸してくれるよ。
気が利く娘さんだこと。
彼女と一緒になる男は、さぞかし幸せな生活を送ることになるだろうぞ(親目線、かつ他人事)。
「ちなみにポンチョさんや。チミはどんなお芋さんが食べたいのかね?」
「え~? え~とね、ポンチョはね~、ポンチョはね~、美味しいの!」
「いつもながら恐ろしくアバウトだな……。じゃあどんなふうに料理したのが好きなんだい?」
「細くてねー、甘いの!」
「お、今度は少し具体的になった。なるほど、偉いなポンチョさんは」
どうやら頭を撫でられて嬉しそうだ。
確かに改良したイモを調理することで、さらなる改善を加えることもできるなと考えつつ、その日はゆっくりと過ぎていくのだった。