第022話 コリツノイモ
「これは……、コリツノイモか。だけどこれ、食べてみればわかるけど、本当にあまり美味しくないぞ」
マーロンさんは、試しに食べてみましょうと俺たちを店に案内してくれた。
小さな露店の店先には蒸されたコリツノイモが並んでおり、注文を受けると店主がそれを手に取り、適当に潰して練り上げ、餅状にして提供するといった感じだ。実際に口にすると、味はすこぶる淡白で、若干の甘みはあるものの、それよりエグみのある鼻抜けの悪い味と筋っぽい繊維が残った食感が気になった。なによりこれ単体で口にしても量を食べられず、とても主菜にはならず、あくまでも暫定的な主食といった感じだろうか。
「さらに一番の問題は、奴らコレがあまり好きではないみたいなの。コリツノイモは野生にも自生してるから奴らも口にすることはあるみたいだけど、やはり好んで食べているのは見たことないわね」
「ふむ、確かにあまり美味くはないか……。イメージでいうと、パッサパサでエグみがあって、苦いサツマイモってところか。しかしホクホクのジャガイモ寄りの感じはなく、練って伸びるところはやっぱりサツマイモに近いのかな」
「サツマ……? なんだそれは」
「ああ、気にしないで。しかしこれならどうにかなりそうだ。さて、そうなってくると今度はタネ探しだけど……。この町で一番のコリツノイモ農家さんを知ってるかい?」
「一番の? さぁ、さすがにそこまでは」
すると俺たちの会話を聞いていた露天商の店主が「だったら」と助言をしてくれた。
「この辺りだと、森にほど近い東側で畑をやってる人んとこが、わりかし味はマシな方だね。しっかしコイツは安くて手軽って以外に流行るようなシロモノじゃないからね。売ってる俺が言うのもなんだけどさ」
「東側の方がマシ、ですか。それはますます良い情報ですね。ありがとうございます、探してみます」
俺たちは店主にもらった情報をもとに、森寄りにあるコリツノイモ畑を探し、そこで作業をしていた夫婦に声をかけた。彼ら自身も、「コリツノイモは大量に採れるから作っているけど、それほど美味いものじゃないよ」と笑っていたが、東側で作るものは確かに味が違うと店主は言っていた。だとしたら、それを確かめない手はない。
「申し訳ないのですが、いくつか種を見せていただくことはできないでしょうか。皆さんにとっての飯の種であることは重々承知ですが、もし可能ならば」
夫婦で顔を見合わせるも、すぐに微笑んだ夫の方が、「そんなの、気にする奴はいないさ」と俺の肩をパンと叩いた。「ちょっと待ってな」と自宅倉庫の中から種(※実際は種イモのようなもの)を持ち出してきた彼は、それを地面に並べ、「持ってきな」と差し出した。
「いや、さすがにそれは……。これは貴方たちの命の次に大切な秘匿情報のはず。そんなものを簡単にいただけませんよ」
「そんな大袈裟なものじゃないよ。確かにウチのコリツノイモは、この町一番の品質だと言われているけど、それもこれも、この立地が原因だと言われているからね。それに種はほとんどの仲間が同じものを使っているし、大きな差なんかないんだよ」
「ほとんどが同じものを? それはどういう……」
「毎度毎度それ専用にコリツノイモを作っている畑があってね、私らはそこで作られた種を買って、こうしてそれぞれの畑に植えて作物を育てているんだ」
「なるほど……。でしたら、もしよろしければこの畑で作られたコリツノイモを見せていただけませんか?」
「それは構わないが……。だけどここで作ったものを種に使うのはオススメできんよ。なにせ、我々には『祝福の力』はないからね」
「構いません、お願いします」
おかしなことを言う人たちだと、夫婦が自分たちの畑で採れたコリツノイモを見せてくれた。俺はそれと先程の種とを見比べ、思わず口をすぼめてしまった。
「なにかあったかい?」
「いえ、……少々驚きまして。これは、この畑で作られたものに間違いありませんね?」
「そりゃそうだけど……」
「お願いします、ここで採れたコリツノイモを売ってください。可能であれば、いくつか採れた場所と日時が違うものを」
不思議そうに首を傾けながらも、夫婦は快くイモを俺たちに売ってくれた。こうして広い畑の異なる場所で採れたイモを手に入れた俺は、森の奥地へ向かう道中、ずっと訝しげな顔でいたマーロンさんに訊ねてみた。
「なんだか不満そうですね」
「いや、別に不満ではないが」
「でもなんだか浮かない顔してますよ」
「それはまぁ……、そのなんというか」
「俺がコリツノイモを選んだのが不服、ってことですか?」