第021話 二つの作物
―― 翌朝
「ト~ア? どしたの、顔痛そー!」
「ポンチョさんも覚えておきなさい。女性に失礼なことをすると、こんなふうに酷い目にあうんですよ!」
「ふ~ん。ポンチョお腹へったー!」
「さっき食べたばっかでしょうが、アンタそれしか言うことないんですか!?」
などとモコモコの腹を撫でながら遊んでいると、コツコツと宿の扉を誰かが叩いた。扉の外ではマーロンさん(※女性)が立っており、俺は隠せない気まずさから「ようこそいらっしゃいました」と妙な挨拶をしてしまった。
「き、昨日は族長が変なことを言い出して済まなかったな。あまり気にせず、今後とも村のことに気をとめてもらえるとありがたい……」
偶然のバッティングのような結婚は免れたものの、確実に変な空気が流れております。……が、いつまでも気にしてはおれません!
ゴホホンと咳払いして誤魔化した俺は、「気を取り直しまして」と仲人のようなセリフで話題を切り替えた。
「しばらくはこの宿と皆さんの村を使わせていただきながら、村の開拓作業を進めていく予定です。マーロンさんにはそのお手伝いをしていただきたく、よろしくお願いします」
「そ、そうか。まぁそれは構わないのだが、それに、なんなら私と一緒に村にきても……ゴニョゴニョ」
「…………そ、それはそうと! 族長さんにお話を窺ったところ、森の東の泉付近に良い土がある開けた土地があるそうですね。今日はひとまずそちらを覗いてみようかと思ってます!」
なぜか互いに顔を赤くしながらよそよそしく会話する様は滑稽で、ポンチョが不思議そうに見つめている。しかしすぐ飽きたのか、マーロンさんに抱っこをせがみ、遊んでもらっていた。
「しかし驚いたぞ。これほど早く村の問題が解決できるとは思いもしなかった。だがまだ問題の根本は解決できたわけではない。ハクは簡単に食料を準備するなどと大口を叩いていたが、本当にそんなことが可能なのか?」
至極当然の質問を受け、俺は悪徳政治家のように「善処いたします」と無表情で返答した。どうやらこちらの意図を読み取ったらしく、マーロンさんの顔が次第に歪んでいくのが面白い。
「まさか貴様、なんの目論見もなく、食料を用意するなどと言ったわけではあるまいな!?」
「さすがにそんなじゃないけど、すぐに用意できるとは言ってないでしょ。そもそもこれから準備するわけだし……」
「しかし勝算なくあれだけの啖呵を切ったわけではあるまい!? ま、まさか、また私のことを騙して!」
「違う違う! でもまだ上手くいくと決まったわけじゃないからさ。それにほら、ああでも言わないと、誰も納得しないでしょ。ボアたちも不安になるだろうし」
「それはそうだが……。しかし本当なのだな。信じていいのだな?」
「ぜ、善処します……。と、まぁ真面目な話はそれくらいにして、これから一度、町にある商店を回ってみませんか? 森で育てられそうな作物がないか、色々と調べてみたいんですよ」
正直なところ、俺はこちらの世界に転生してから、人を殺めることに特化した生活を送ってきたため、作物の種類はおろか、その育て方すら知らない。前世の知識はそれなりに残っているものの、その常識がこちらで通じる保証は全くないわけで……。
「確かに実地調査は必要か。せっかくだ、私が町を案内してやろう。恐らくきたばかりのハクよりは詳しいだろうからな」
時折村と町とを行き来しているというマーロンさんは、俺とポンチョに町の店を案内して回ってくれた。この地方で作られている野菜や穀物の種類や気候、さらには商店に品物を卸すために必要な方法に至るまで、細かく人や場所を紹介し、説明してくれた。
「と、まぁ大まかにはこんな感じだ。この地方は冬場の寒さは厳しいものの、比較的温暖な時期が長く、植物の育成には向いているといえるだろう。何よりあの広大な森が栄え続けてきた理由も、肥沃で保水性の高い土壌が広がっているおかげなのだろうな」
「なるほど。しかし凄いね、マーロンさんはどの分野にも造詣が深そうだ」
「こう見えて、私も村の将来を預かる身の上だ。ある程度の知識や教養、そして強さは必要不可欠だと感じている。だからこそ こうして自ら外へ出て、必要な情報や物資を調達して回っているんだ」
「偉い! マーロンさんがいれば村も安泰ですね。それに比べてポンチョさんや。アンタさっきからずっと食べてますけど、口の回りベットベトですよ。少しは拭いたらどうなんですか?」
ヘラヘラ笑いながら俺のズボンで口を拭いたポンチョは、マーロンさんに買ってもらった飴(※のようなお菓子)を舐めながらとても上機嫌だ! しかしまぁ静かだし、それでいっか。
「だけど農作物を育てるにしても、ボアたちの腹を満たすとなれば、それなりのモノを考えなきゃならないね。オススメの食べ物とかあるのかな?」
俺は商店に並んだ数々の食べ物を手に取りながら訊ねた。マーロンさんはどうだろうと悩みながら、「コレかコレかな」と二つを例に挙げてくれた。
「それは?」
「一つは土の中で多く採れて、育てるのが比較的簡単なことで有名な、『コリツノイモ』という品種だな。冬明けから暑い夏の時期に育てることが可能で、ゴツゴツとした丸みのある野菜の一種で太くなった茎の部分を食べることができる。ただ沢山採れる反面、味は淡白でそれほど美味くはない。ボアどもの腹を満たすには最適かもしれんが、味の面では期待しない方がいいだろうな。もう一つはこの地方の特産品としても有名な『パルパル草』と呼ばれる穀物だ。こちらは穂先になる小さな実を刈り取って、様々な形に加工して食すのが一般的なやり方で、暖かい時期にまとめて収穫する農作物だ。しかしコリツノイモとは異なり、採れる量が気候や環境によって左右されるし、安定的に得られるかどうかは運任せな部分が大きい。ただ味に関してはお墨付きで、大量に用意できれば奴らの腹を満たすだけでなく、村の名物として売り出すことも可能だろう」
店に並んだ二つを手に取り、俺に見せてくれた。
一つはどうやらサツマイモのような芋類で、肥沃な大地であれば、埋めておくだけで、ある程度の量を確保できるらしい。片やパルパル草は小麦のようなもので、上手く行けば味、量ともに申し分なく採れるが、失敗した場合のデメリットが大きく出てしまう品種、らしい。
「なるほど、わかりやすいね。だけどその二択、俺の中では既に決まってるかな」
俺は彼女の手から片方を受け取り、高々と空に掲げた。
「これから俺たちが育てるのは、この作物だ!!」