第204話 見えていない男
どうしたって気になってしまう。
ネイサンを助けた頃からだろうか。その表情は精彩を欠き、気も漫ろだ。
「……え? なにトア、どうかしたの?」
「どうかって……。マーロンさん、ずっと様子が変だけど何か問題でも? ……もしかして、さっきの戦闘で怪我を!?」
すぐに手当しようと手を取るも、彼女はなんでもないと押しのける。
「本当になんともないったら! ほらもう夜も遅いし、いつもの宿へ戻って休もうよ。ポンチョも疲れてるみたいだよ」
寝ぼけ眼で欠伸しているポンチョを抱えて彼女が駆けていく。
俺は拭えないモヤモヤを抱えたまま、どうにもしっくりとこない一夜を過ごすのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よくもやってくれたわねぇ。恩を仇で返すとはこのことだわ!」
明朝、冒険者窓口を訪れるなり、目の下に深い深い隈をこしらえたローリエさんが、呪いのこもったような低い声で恨み節をこぼす。俺とマーロンさんは心の中で申し訳ないと頭を下げながら、「昨日の件で参りました」と誤魔化すしかない。
「フンッ、都合のよろしいことで! ……サワーさんの件、話を通しておいたわ。ただーし! 一つだけ条件があるわよ」
そういうとローリエさんがパチンと指を鳴らした。
同時に俺たちの背後でドカーンと音が鳴り、冒険者ギルド正面玄関の戸が開いた。
「この私のこと、侮っていただいては困りますね! 不肖、このネイサン。決して前言は撤回いたしませんと!」
おいおい、またお前かよ。
俺とマーロンさんの死んだ目をよそにネイサンを呼び寄せたローリエさんは、男を俺たちに押し付けて注文した。
「こちらのお連れ様、どうやらサワーさんに『のっぴきならない用事』があるんですって♪ というわけで、どうぞご一緒にお連れいただけますか。そ・ん・ちょう・さ・ん?」
額に血管をピクピク浮かせながら言う。
いやいや、どうして俺たちがコイツを連れていかなきゃならないんだ。
それ、問題が大きくなる予感しかしないじゃん!?
「いや、お断りします、無理です。ローリエさんの方でお願いします」
「どうして冒険者ギルドで働く私が、商業ギルドのお客さんを相手しなきゃならないんですか。むしろそれなら商業ギルドを兼務してる村長さんが相手をするべきです!」
「いやいや、俺はもう商業ギルドをクビになった身ですし、そもそもコイツは公国のお客さんのようですし!」
「先方にはもうアポを取ってありますから、折角の機会ですし、どーぞご一緒に!」
ネイサン諸共押し出すようにギルドを追い出されてしまった俺たちは、今度は反対に、鼻息荒い迷惑人物を押し付けられてしまった。悪びれる様子もなく俺の腰に手を回したネイサンは、「それではサワー様のもとへ参りましょう!」と張り切っている。この野郎、マジで本当に……。
「どうして俺たちがお前なんぞと……」
「まぁまぁそう仰らず♪ こう見えまして、私キュリオスではそれなりに顔が売れた商人なのですよ。こう見えましても!」
拳を固め、自信満々に自らのことを語るネイサン。
しかし滲み出る間抜けさは拭えず、マーロンさんからため息が漏れた。
サワーさんに何の用があるかは知らないが、どちらにしても良い予感はしない。このままコイツを連れて行けば、十中八九、新たな問題ごとに巻き込まれるのは間違いない。どうにか無関係を装って、サワーさんに投げつけるしかない。金輪際、コイツと関わるのは御免だ!
「ルンルンルン♪ やっと公国にこれて、僕はなんて幸せなんだ♪」
い、いい歳した大人がスキップ混じりに鼻歌を歌ってやがる。
その楽しそうな様子を見つめながら、我が心の友であるモコモコさんがムグググと敵対心を剥き出しにしているぞ。おいポンチョさん、こんな奴と競い合うのはやめなさい。恥ずかしいですよ……。
「なぁアンタ。こんなこと言うのはなんだが、わざわざ俺たちと一緒に行く必要はないだろ? ほら、アンタの国の体裁もあるだろうし」
「そ~んな小さなこと、僕はちっとも気にしませ~ん♪ それに私はハク様と共に行動すると心に決めておりますので!」
「俺は御免被りたいのだが……。それにお前、サワーさんのとこに何をしに行くんだ。何か用があるんだろ?」
「サワー様というより、私ども本国と、公国との友好の証とでも言いましょうか。そんな逸品を献上しに参ったのがこの私、ネイサン・マリオネットなのですよ!」
エッヘンと胸を張るネイサン。
しかし俺はずっと気になっていることがある。
コイツは商人だ。
しかも公国に何かを運ぶ途中だったと言っていた。
しかし、だ。
一見するに、コイツは見ての通りの手ぶらだ。
献上どころか、コイツは一体何をサワーさんに渡すつもりなんだ?
「お前さ、馬で何か運んでたんだよな?」
「ええ、ええ、それはもう。王国のそれはそれは高貴なお方からお預かりした逸品を、この私めが、自らお届けにあがる手筈になっておりまして。エッヘン!」
「ふ~ん。で……、俺にはお前が何か持ってるようには見えないんだが。アイテムボックスでも隠し持ってんのか?」
「そんな高価なもの、私が持っているわけないではありませんか! 荷物はこうして私自らが……」
自分の身体をまさぐったネイサンは、「ん?」などとひとしきり調べ終え、「んんん?」と首をひねる。そして彼が引いていた馬の背など全てを調べた挙げ句、「んなッ!?」と声を上げた。
「な、ない!? 荷物がどこにもなーい!!」




