第019話 二つの課題
完全なる静寂……。
しかし数秒後、沸き立つボアたちのドッという歓声が!!
泥濘んだ足場をドンドン踏み鳴らしながら、それぞれが嘶きを上げ、一斉に喜びの声を上げる。ボアの背中に飛び乗ったポンチョは、お尻をフリフリしながら、器用に『不思議な踊り』を踊っているぞ。さすがはポンチョさんや、MPを吸われそやで!
「いいや、ちょっと待て! アンタ、急に何を言いだした!? 自分が言っていることの意味を理解してるのか!!?」
ここで歓声の声をかき消すほどのツッコミが。言うまでもなく声の主はマーロンさんだけど、盛り上がっているボアたちとは対照的に、酷く狼狽した様子で意見している。ちゃんと彼の言い分も聞いてみましょう。
「だってそうだろ!? 急にボアたちを従えたと思えば、今度は森の真ん中で村を作って、しかも農業を始めるだなんて、メチャクチャにもほどがある!」
「え……? どうして……?」
「どうしてって、アンタ自分で口にしておかしいと思わないのか。ここはいわゆるモリスの森の最深部、人々から『魔の森』と呼ばれる高レベルモンスターの巣窟なんだぞ、わかってるのか!!?」
俺とボアたちは、首を斜めにして頭上に?マークを漂わせた。既に森の主となっていたゴールデンワイルドボアを従えたのだから、もはや今さら文句を言ってくる者はいないと思うのだが、俺は何か間違っているのでしょうか……?
「とにかく、これから俺はここで村を作り、新たな生活を始めることに決めた。食糧問題や種族間の諍いなど解決すべきことは多いと思うが、キミたちにはその手助けをしてもらいたい!」
みんなは指笛のようなもので囃し立てて音頭を上げているけど、マーロンさんは完全に呆れているみたい。しかしこれで町を襲うかもしれなかったボアの問題については、解決することができた。
「じゃあ俺たちは一旦町へ戻って、ボアの問題が解決したことをギルドに報告しようか。ついでに、俺のクエスト報告もね」
こうしてクエスト報告を兼ねて町へと戻った俺たちは、ギルドに事の顛末を伝えた。しかしボアを倒したのがGランクの俺であるということを伝えるわけにはいかず、討伐者はマーロンさんであると半ば強引に押し付けた。
また討伐した証としてゴールデンワイルドボアの牙(※ボアボアに右側一本の半分を拝借した)を提出したこと、そして事前にボアの解体をお願いしていたことが幸いし、討伐自体を疑われることはなかった。
「……こ、これからは森の中央部に位置する我が猫族の村と連携を取り、ボアたちを管理していくことになると思う。よって、ボアたちが町を襲う心配はないと思う(※本来は獣人語のため俺にはわかりません)」
ギルド窓口の翻訳担当者を通じてイヤイヤ報告を終えたマーロンさんが、百年の恨みがこもった目で俺のことを睨み続けていたことは補足しておこう。
討伐対象の脅威が去ったと報告したことにより、ギルド内には安堵の声が広がっていた。俺たちが戻ったときには緊急招集を受けた冒険者が集まって対策の方法を模索していたようだけど、事態の収拾が早まったことで、職員たちの顔にも幾ばくかの笑顔が戻った。
「はぁぁぁぁぁ、本当に良かったですぅ。最近は高ランクの冒険者がおりませんでしたので、なかなか討伐隊を組める人が確保できず苦労してたんですぅ。だけど今回はマーロンさんがいてくれたおかげで、問題を事前に対処することができました。本当にありがとうございました!」
マーロンさんと握手しながらローリエさんが何度も何度も頭を下げた。しかし肝心のマーロンさんの顔色が、まるで死人のような紫色だ! これはあとでコッテリ絞られることになりそうです……
「それはそうと、今回ボアを討伐いただいた結果、マーロンさんの冒険者ランク昇格が決定しました。マーロンさんは従来のランクがCランクでしたので、本来は昇格試験が必要となるところですが、今回は相手が相手でしたので、特例で2階級特進が決定いたしました。おめでとうございます!」
「え゛! ちょっと、どういうことですか!?」
……マーロンさん、無意識に人の言葉を喋っちゃってるし。
「どうもこうも、冒険者ランクAに昇格となりました! これで国葬級モンスターの討伐クエストなども受けられるようになりますし、逆に発注できるクエストや製作できる武器の種類、それに入ることが可能なダンジョン数も大幅に増えますよ。ただし緊急招集で呼び出しをさせていただくことも増えるかと思いますので、その点だけご了承いただければと思います♪」
ローリエさん、機嫌良すぎてマーロンさんが人の言葉を喋ってることすら気付いてないよ……。
ニッコニコで説明しているローリエさんと、口から魂を漏れ出しながら聞くマーロンさん。なんだか少しだけ不憫になってきた。後でちゃんと謝っておこう。
「あの……、もういいですかね。ついでに俺のクエスト報告もお願いしたいのですが……」
ギンッと二つの鋭い視線が俺の頬に突き刺さった。よくもまぁこのタイミングでそんな自分勝手な報告ができるなという二人の圧が入り混じり、どちらにしても俺に対する風当たりは強そうです!!
「はーい、確かに所定数の薬草を納品いただきました! 引き続きよろしくお願いしまーす!!」
笑顔の裏に漂うローリエさんの圧が恐い……。ですがどちらにしても、ひとまず大きな問題に発展させず、問題を有耶無耶にすることができたぞ。……いや、本当にできてるのか!?
しかし、だ。
二人の怒りはどうあれ、俺にとっての目標はどうにか達成できたと思っている。実は今回、俺は一連の行動の中で、二つの課題を自分自身に課していた。
一つは当然ボアの件だ。
しかも可能なら誰一人殺めることなく全てを攻略したいと考えていた。結果的に偶然も重なり問題なく終えられたのはラッキーだった。
そして肝心なのは二つ目だ。