第017話 可愛らしいブタさん
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
「ちょっと待て! だからといって、アンタがイノシシに勝てる理由にはならんだろ! おい、だから聞けって!?」
「もう時間がないんだろ。いつ町へ攻め込まれるかもしれないのに、ジッとしてる余裕はないよ。さっさとしめてやらんとな!」
グイッと腕まくり。
どうだこの筋肉、キレてるだろぅ?
「そんな力こぶくらいで倒せる相手だと思っているのか!? ふざけるなよ、とにかく一人は無茶だ、考え直せ!」
ポンチョを頭に乗せたまま木々の合間を駆け抜ける俺を追いかけて、どうにか食らいついてくるマーロンさん。それなりの速度で走ってるのに、やるじゃない!
「ダイジョーブダイジョーブ、ノープロブレム! ……と、ストップストーップ。一旦停止ね」
200メートルほど前方で、ブヒブヒ鼻を鳴らしているボアが数体。ギルドで確認したセデスの泉まではまだ距離がありそうだが、どうやらエリアごとに守りを固めているらしく、一定距離を置きながら数体のボアが配置されている様子だ。
「なるほど、簡単には本丸には近寄らせないよってか。ブタの癖に生意気な」
「さっきからブツブツ一人で何を言ってるんだ。奴らの姿など、まだどこにもないじゃないか!」
「……本当にそう思う? だとしたらまだまだだ、もっと修行が必要だね」
俺は簡易の地図を広げ、自分たちが辿ってきた道筋と、泉までの行路を書き込んでみせた。するとそこでようやく気づいたマーロンさんが驚きの声を上げる。
「な、なんだこのジグザグで歪な形は。もしや、まさか……!?」
「正解。こっちで奴らを避けて進んでんの。いちいち絡まれてたら時間がどれだけあっても足りないからね」
何より俺は大丈夫だとしても、マーロンさんの存在でボアに悟られてしまう可能性が高い。だからこそ奴らの鼻が届かない距離を確保したまま、より確実な道を選択して進んでいるわけだ。
「だがこれから先はどうしても奴らのテリトリーに入っちゃうな。ちなみにマーロンさん、隠密や無色化のスキルは使える?」
「……隠密なら少しだけ。でもそれだけで奴らの中枢へ近付くなんて」
「隠密が使えるなら十分だ。これから先はずっとそれを使ってて。あとはこっちでなんとかするから」
頭の上で仰向けになってスーピー眠っているポンチョの腹を撫でながら、緊張感なく言う俺を疑いつつも、確実に泉に近付く事実は変えられず、次第に彼の口数が減っていく。そして目的地までいよいよ数キロにまで迫ったところで、ついに彼からマイナスの言葉が出なくなった。
「…………ここまできたら仕方ない。少しだけアンタを信じてみる。……しかし勘違いするなよ。いざとなれば、私のことなど置いて逃げろ。その子のこともある、アンタたちだけでも逃げるんだ」
「だから大丈夫だって。おっ、外を張ってた連中が動き出した。今がチャンスかな」
中央に集まっている十数体がゴールデンワイルドボアを主とする本隊だと仮定すると、その周辺に集まっているのは、いわば村周辺を固めている守衛か。四方を同間隔で固めている時点で、その可能性は限りなく高いだろう。そしてこの瞬間、その一角が一時的に崩れた。交代の時間か、それとも何らかのイレギュラーがあったか。どちらにしても、これはチャンスだ。
僅かに高台になった岩場の影から目的の場所を覗き見てみる。東西南北、持ち場を固めるように数頭のボアが陣取っており、砦らしき草葉の陰の守りについていた。
「ふん、ビンゴだ。北側の入口がお留守だよっと!」
ボアがいないうちに砦の中に侵入した俺たちは、妙なほど泥濘んだ足場を気にしながら転がっていた岩場の影に身を隠した。緊張した面持ちのマーロンさんは、今にもボアに襲われやしないかと警戒しているみたいだけど――
「…………足りないんだよな」
マーロンさんが「え?」と聞き返す前に、俺は身を翻し、岩場を蹴って高く飛び出した。そして目算150メートルの場所に並んだ集団の姿を目視する。
「周囲を部下を固めた真ん中で、自分は泥の沼地でお昼寝よってか。余裕だねぇ、高ランクモンスターの親分は」
急に飛び出すなと目を見開いて慌てているマーロンさんを岩場に残し、俺は錐揉み状に回転しながら目的の場所を見据えた。目指すは一点、ゴールデンワイルドボアの急所のみ。
「ダメだねぇ、急所を見せたまま眠るなんて、警戒心が足りなすぎだよ、……子豚ちゃん?」
金色の毛に加え、もともと白銀のように白い牙が魔力を帯びて美しく映える様をゴールデンと評する、ボア系亜種の頂点に君臨しているモンスター。それがゴールデンワイルドボアだ。
その強靭で美しい獣の毛は様々な武器や防具の材料となり、屈強な牙は多くの冒険者たちを支える盾にもなり得る。肉質は他のボアの追随を許さぬほど柔らかく芳醇で、たった数キロでも驚くほど高額な値がつくという。しかししょせんは――
「可愛らしいブタさんでしかない。悪いけど、お前には見せしめになってもらおうか」