第015話 ゴールデンワイルドボア
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「$¥○%&#△×!?」
「そろそろこの辺りでいいんじゃないかって? う~ん、確かにそうですね。せっかくの提案ですし、ここらで探してみましょうか」
森に入る手前の草原で足を止めた俺は、ようやく二人を芝生の真ん中に放り投げた。布団へダイブするようにキャッキャ楽しんでいるポンチョと対照的に、マーロンさんの俺へ向ける視線が痛いこと痛いこと。もはや不審者へ向けるものですよ、それ……。
「さてさて、それじゃ早速薬草を採ってしまいましょう。どこにあるかな~?」
など言いながらものの数秒で採取を終えた俺は、摘んだ薬草を袋に入れ、ポンチョのリュックに放り投げた。「ハイ、お終い!」と宣言したところ、ここまでの移動で溜まっていた鬱憤を吐き散らすように、マーロンさんが俺に顔を寄せ、罵詈雑言(※らしきもの)を叫んだ。
「まぁまぁ落ち着いて。そんなふうに騒いでもクエストは終わりませんって。それに……」
俺が森の奥地を見つめる。
釣られるようにマーロンさんの視線も森へと引っ張られた。
「誰も行かないとは言ってないでしょう。せっかくここまできたんです、チョロっと覗きに行ってみますか、ゴールデンワイルドボア」
しかし彼は俺の提案を拒否し、「馬鹿言うな!(※みたいなニュアンス?)」と反対した。そして身振り手振りを交えながら、この先にいるモンスターの恐ろしさを鮮明に語った。
「まぁ確かに。ゴールデンワイルドボアといえば、Bランク、いやAランクのパーティーでもやっと倒せるくらいと聞いたことはある。しかも多くの取り巻きがいるとなれば、さらに難易度は高いかも」
「○&◎△$♪♪×%#!?」
「それはそれ、これはこれって言葉があるでしょ? それに少しばかり気になることがあってね。森の東側に」
俺たちの会話に退屈してウトウトし始めたポンチョを頭に乗せ、勝手に森に入ろうとした俺の背中をマーロンさんが掴まえる。無謀だと首を横に振りながら、行くのは自分だけで十分だ(※という雰囲気)と語気を強めた。
「そう凄まれてもね、それをハイハイって受け入れるわけにはいかんでしょうよ。もしローリエさんに貴方ひとりで向かわせたなんて知れたら、きっとどやされるだけじゃ済みませんよ。ですから、貴方はここで待っててください」
しかし彼は掴んでいた指先をナイフに変え、俺の背中に切っ先を押し付けた。これ以上進むなら容赦はしない。微動だにしないナイフの穂先がそれを暗に示している。
「勘弁してくださいって。そんなことするなんて、らしくないですよ」
「$♪×%#♪×¥×%#!!」
「何よりも、貴方が俺を止められると思ってます?」
俺は背中に当てられたナイフを指先でパンと弾き、彼が気を取られた隙にホールドを外し、反対に背後から身体を固め、そのナイフを首元に押し当てた。「ね?」と耳元で呟いてみるが、それでも彼は抵抗をやめない。
「無駄ですって。キミじゃ、俺を止められない」
うつ伏せに倒し、腕を固め、背中をポンと叩いてやる。すると彼は激しく地面に頭をぶつけ、言葉にならない声を吐き出した。
「そういうことだし。ま、気楽にいこうよ」
後ろ手をフリフリひとり森へ出発しようとする。しかしその時――
『 待って! 』
俺は思わず振り返る。
地面に突っ伏しながら、体を震わせ叫んでいたのは……、まぁ彼しかいないよね。
「……やっぱり喋れたんだね。人の言葉」
「うるさい、黙れ、散々好き勝手しやがって、ふざけるな!」
両拳で激しく地面を叩いた彼は、土で汚れた顔を上げ、「勝手なことばっか言うな馬鹿野郎!」と騒ぎ散らした。
「馬鹿って酷いな。それに、あんまり騒ぐとコイツが起きちまう」
頭の上で熟睡状態のポンチョを撫でながら言ってやる。それがまた彼を逆上させ、頭に血を上らせてしまうのだけど。
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い!? アンタ、少し腕が立つからといって、アイツらのことを舐めすぎだ。私はそうして相手を侮り、やられていった者たちを嫌と言うほど見てきた! ……それに、アンタが多少強くても、アイツには勝てやしない。無理なんだよ」
すると今度は落ち込んだように塞ぎ込む。情緒どうなってんの……
「色々言いたいことはあるけど、その口ぶりからすると、……知ってたんだね、森にゴールデンワイルドボアがいることを」
観念したようにマーロンさんが頷いた。
どうやらようやくまともに話が聞けそうだ。
「村が、……襲われたんだ。アイツらに」
「村って、マーロンさんたちの?」
「この森の東側に、私たちの住んでいる猫族の村があるんだ。しかし半年くらい前から、さらに東の森の最深部で、ボアの奴らが大増殖し始めているのがわかったんだ」
「ふ~ん。ってことは、マーロンさんたちはずっと前から知ってたんだね。ボアのこと」
ようやく落ち着きを取り戻した彼を切り株に座らせた俺は、隣に腰掛け、詳しい話を聞くことにした。
淡々とその後の森の様子を語ったマーロンさんは、ボアの蹂躙ぶりを細かに説明し、あんなものに敵うはずがないと首を振った。
「私たちも奴らを森の外へ出さぬよう、必死に抗った。しかし奴らは少しずつ数を増やしながら抵抗し、ついには私たちを追いやるように生息域を広げた。そして今やどうにもならぬほどに力をつけてしまった。もはや人の町へ押し寄せるのも時間の問題だろう……」