第134話 異変
また大きな声を張り上げようとしたので、彼女の口を慌てて押さえる。
しかしそれを振りほどいてまで言いたいことがあるのか、荒い呼吸をハァハァと振り乱しながら彼女は言った。
「ここにはねぇ、『アレ』があるんだよ。『アレ』が!」
全ての存在を嘲笑うかのような不気味な笑み。
ヒヒヒヒヒヒと繰り返す異様な声に気付き、ムトさん一行までもが様子を見にきたが、彼女の奇行はもはや誰にも止められそうにない。本当にもう、この人は仕方がない人だ。
「それで、アレってなんなんです?」
呆れながら聞いた俺に、彼女は死人のように関節をカクカク動かしながら近付き、最後に人さし指で怪しく俺のあごに触れ、「ふぅ」と息を吹きかけながら言った。
「 ―― オロカダ~ケ ♡ 」
彼女の一言に、ガンジさんの肩がビクッと反応する。
あ、これ嫌な予感のするやつだ!
「オロカダケ、オロカダケ、オロカダケェェッッ! ここにはね、かの有名なオロカダケを宿らせるという、アイツが生息しているのだよ」
「今度は『アイツ』ですか……。リッケさん、もっと端的に言ってもらえますか?」
マーロンさんが面倒くさそうな糸目で聞いた。すると彼女はわざとらしく悲しそうな顔で今度はガンジさんをガシッと掴み、柔らかな毛をワシャワシャ揉みしだきながら言った。
「エルダーウルフスケルトンにキマってるじゃありませんか!? ジョーシキですよ、ジョーシキ! オロカダケは、エルダーウルフスケルトンの腹下にだけその実をつける、『超絶激レア』な毒キノコっしょ!」
今度は自分の胸を寄せて上げながらキノコを表現してみせる。
エルダーウルフスケルトンといえば、文字どおりエルダーウルフがアンデッド化した犬型の魔物で、ダンジョンの中層などそれなりのランクの地域に生息している。しかしその魔物の腹にキノコがなるなんて聞いたことはなく、俺もマーロンさんも困り顔だ。
「そんなヤバそうなものを手に入れてどうするつもりですか?」
「キマってるでしょ、食うんですよ、当たり前でしょーが!」
いや、当たり前じゃねーよ。
そもそもゾンビの腹になった毒キノコを食えると考えるほうがどうかしてるだろ!
「何かの冗談ですよね。まったく、リッケさんはいつも冗談ばっかりで」
しかし俺の言葉に真顔で「あ~ん?」と睨みつけた彼女は、「アタシがいつ冗談なんか言った?」とガンを飛ばしていらっしゃる。もう勘弁してよ……
「だ、だけど、それって村で育てられるようなものと違いますよね……? ほら、アンデッドの身体になるなんて、現実的じゃないですし」
「んなこと関係あるかー! 食うっつったら食うんだよ、寝ぼけてんじゃねぇ!」
もうアレだな……、完全に当たり屋と一緒だ。
どうやら独善的なまでの興味本位であることは確かだけど、恐らくもう言って通じる感じではない。もはやこれは手に入れるべきアイテムが一つ追加されたも同然だろう。……勘弁してくれ。
「ハイハイ、どこかで偶然見つけたらね。どこかで偶然」
「な~にをヌルい、ヌルヌルなこと言ってんスか。見つけるにキマってんでしょうがァ! 期待しててくださいよぉ、うへへ、うへへへへへ」
完全に奇っ怪な人物のように笑みを浮かべる彼女に対し、ドン引きしているムトさん御一行。
俺は強引に話を打ち切り、とにかく休みましょうと提案するが、その後も彼女は、ああでもないこうでもないと、ひとりテンション爆上がりでブツブツ呟いていた。
僅かばかりの休憩を終え、マーロンさんに目で合図を送る。
するとその様子に目を光らせていたリッケさんが、いち早く立ち上がり口角を上げた。
「え……、リッケさん、どうかしましたか……?」
「ふふふ、フフフフフ、クックックックック、ヒョエッヘッヘ、ヒョヘヒョヘ!!?」
小刻みに震えながら急に高笑いし始めた彼女は、いよいよ自制が効かないのか、半ば暴走気味に痙攣し始めた。その姿はもはや悪魔に取り憑かれたバケモノそのもので、怖がったムトさんがマーロンさんに抱きついた。
「あ、あの御方、どうなさったのですか……? 先程からずっと壊れたように笑っていらっしゃいますが……」
「え、あ、ええ……。彼女、いつもあんなではあるのだけど、確かに今日は少しばかり酷いかも。ねぇハク。リッケさん、本当に大丈夫?」
さすがに心配が勝ったのか、マーロンさんが俺の耳元で呟いた。
しかし俺たちの心配をよそに足をバタつかせたリッケさんは、胸元を掻き毟りながらヘッドバンギングを繰り返したのち、今度は持参した荷物に手を突っ込み、何かを探り始めた。
「本当に大丈夫ですか、リッケさん……?」
俺の声掛けに今度は急に黙り込み、ゆっくりと薄ら笑いを浮かべ一瞥する。
その様はもはやホラー映画のようで、充血した瞳は狂信者のソレと同等だった。
こちらを直視しつつも指先で何かを探し続けた彼女は、どうやらついに目的の物を探し当てたのだろう。スローモーションのように恍惚とした表情に変わったかと思えば、掴んだ何かをゆっくり持ち上げ、皆から見えるように高く掲げた。
それは怪しく動き続けている『生き物の臓物』のようで、思わず顔を歪めてしまう。
俺の記憶が確かならば、ソレはここで絶対に出しちゃいけないものだ!
『 リッケさん、ストップ!! 』