第133話 本当の目的
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フロアボスが再び現れる目前まで充分な休息を取った俺たちは、いよいよガーンビア地下迷宮の二階層へと歩を進めることとなる。
一階層とは打って変わって魔物のレベルが一気に上がったものの、巨大蜘蛛と対峙していたことが功を奏し、ムトさん一行もどうにか混乱に陥ることなくついてきている。しかしそれでも疲労が消えるわけではなく、回復薬や魔法で癒やしてもなお身体の疲れ自体は抜けず、足取りは次第に重くなった。
なにより旅の目的がドロップアイテムであるため、目標となるアイテムを発見、またはドロップするまでクエストは延々と終わらない。魔物を倒したとしても、まだ落ちない、まだ見つからないと落胆するシーンが増え、自然と口数も減っていく。なのに……
「へいへいへい、皆さん、もっとテンション上げて行きますよー! ほれほれお嬢様も、掛け声掛け声!」
にも関わらず、あの人だけは異様なほど元気だ。いいや、元気すぎる!
高レベルダンジョンを散策するとなれば、それなりの冒険者でも精神をすり減らし、いつもより余計に体力を消費する。なのにあの『異常快楽女史』は、もともと体力もないはずなのに、脳内で爆発する興奮物質だけを頼りに、ずーっとぶち上がった状態のままだ!
「ちょ、ちょっとリッケさん、声のトーンをもう少し落として。また魔物が集まってきちゃいますよ」
「ぬぁ~にを言ってるのですか村長。我々の目的は、その魔物を狩って、アイテムをドロップさせることでしょうが。どぅあ~からこのアタクシ自らが、わ~ざわざ魔物を集めてあげているんでしょうが!?」
眼が完全にキマっている……。
充血+瞳孔ガン開き状態の彼女は、激しく肩を上下させながら「うへへへ」と笑っている。
しかし身体は正直で、膝下はカクカク震え、疲れきっているのは明らかだ。
まったくもう……。
「仕方ありませんね、ここで休みを取りましょう。できれば安全な場所に戻ってからがいいのですが、残念ながらアイテムが集まらないままでは戻ることもできません」
休憩を宣言するなり、皆がどこか安堵しているのがわかった。
やはり無理していたのは火を見るより明らかで、ムトさんや使用人のパールさんは既に目も虚ろだ。
「マーロンさんは急ぎ周辺に結界を。俺は皆さんに補助魔法を掛け直しますので」
頷いた彼女に作業を任せ、俺は皆を一箇所に集めた。そして隠密や無色化など身を隠す処理を施し、ふぅと一息つく。
「皆さん、もうおわかりだと思いますが、この領域には魔物がわんさかいます。先程のように調子に乗って騒げば、嫌でも魔物たちが襲ってきます。覚悟しておいてください」
簡易結界を張り終えたマーロンさんがダメ押しに一言付け足す。しかし言うことを聞かないリッケさんが叫ぼうとしたため、俺は呆れながら彼女の口を塞ぎ、「各自固まって休憩を」と項垂れた。
「ムゴゴ、バビバビガバ、ビベベンベ!」
「いい加減落ち着いてくださいよ、まったく……」
聞き分けのない子供のように暴れる彼女の額にチョップして黙らせていると、傍らでずっと黙ったまま大人しいガンジさんが、こちらを見つめながら腰掛けた。
……そういえばそうだった。
そもそもこのうるさい人とガンジさんは、なんの目的があってここにいるのだろうか。
視線だけでガンジさんに訴えた俺は、モガモガ暴れるリッケさんを彼にトスしながら、今回の目的を聞いてみることにした。
「ガンジさんは、まだ体力大丈夫ですか?」
「我らはもとより移動を繰り返してきた一族。ただついて歩くだけならば、それほど辛いことはございませぬ」
「なら良いけど。ところで聞きそびれていたけどさ、ガンジさんたちは今回どうして同行することにしたの? 商業ギルドのことなら村へ戻ってから話せばいいのに」
「ですが同行者が我らと今後取引をしていくかもしれぬ者たちと聞き及んだゆえ、まずは自らの目で其の者の真の底を垣間見ておきたかったのが一点」
ガンジさんは顔を動かさずムトさんたち一行を斜に見つめながら言った。
さらに横になったままバタバタしているリッケさんのみぞおちをゴツンと叩いてから付け足した。
「そしてもう一点は、このリッケ殿に言い含められたところが大きく。恥ずかしながら、我はその……」
「その……?」
「美味きものに目がなく。彼女が村長殿の旅に同行すれば、それはそれは上質なる食材を馳走いただけると申すため、それで」
「……はぁ?」
「しかも此度はブラックベアーの肉を食せると申されたため、どうにも我慢ならず、こうして同行した次第で。残念ながら当初予定したブラックベアーを食することはできなんだが、さらに希少な蜘蛛を食せるとは。我、誠に幸運也と。おっと、勝手を申し、まっことかたじけない」
みぞおちを押さえながら、わざとらしく「かたじけねぇ」とリッケさんもふざけて詫びる。
コイツら、食い意地だけでわざわざついてきたってか!?
「あのねぇ、今回は遊びじゃないんですよ。言ったでしょ、死んでもおかしくないって」
「しかし村長殿の実力ならば、Cランク程度のダンジョンならば問題ないと判断した次第。やはり我の目に狂いはなかった」
まるで反省する素振りもない二人は、休憩これ幸いと、残っていた蜘蛛肉をつまみながら一杯始める始末です。ダメだこりゃ……。
「でもでも~、もちろんそれだけじゃないよ~。ガンジちゃんには内緒にしてたけど、アタシはちぃと別の目的があったんだにゃ~♪」
もぞもぞイモムシのように這い出したリッケさんが、俺の頭上からポンチョを取り上げ、モコモコの毛束に顔を埋めた。「もふもふ、もふもふ」と呟きながらひとしきり転がった彼女は、最後に「もふー!」と奇声を上げながら顔を出し、俺、ガンジさん、マーロンさんの順に指をさした。
「な、なんですか……?」
「まさかチミら、このダンジョンが商会用のアイテムがドロップするだけの場所だと思ってやしないかね? 断言しておこう、そいつは間違っている!!」