第132話 ヤダ、イケメン
俺とマーロンさんが慌てて距離を取る中、寝ぼけたようにキャンプから出てきたのはムトさんだった。どうやら姿が見えないマーロンさんを心配してのことらしいが、なんとも間の悪い……
「む、ムト。ど、どうしたのだ、何かあったのか?」
「いえ、お姉様の姿がお見えにならなかったので、また何か起こったのかと」
マーロンさんの隣に腰掛けた彼女は、どうやら眠りが浅かったらしく、小さな欠伸をひとつ。すぐ恥ずかしそうに誤魔化して顔を赤くした。
「すみません、皆様の方がよほど疲れていらっしゃるのに、我らに代わって見張りまでお願いしてしまい……」
「構わないさ、私もハクも慣れているからね。ムトも疲れているのだろう、もう少し眠っておいた方がいいんじゃないか?」
「いえ、私もしばしお供をさせてください。それに、……まだ眠れそうもなくて」
次第に冷え込んできた冷たい空気にやられ、ムトさんがクシュンとくしゃみをした。マーロンさんは自分の毛布を彼女の肩にかけ、「体を冷やさぬことだ」と耳元で呟く。ヤダ、イケメン。
「あの……、お姉様に、ハク様。先程は少しばかり混乱し取り乱してしまいましたが、お二人にお伝えしたきことがございます」
改まったムトさんが俺たち二人を交互に見つめた。
そして深々と頭を下げながら、「本当にありがとうございました」と礼を述べた。
「先程の蜘蛛との戦い、私はもはや敵わぬ敵と全てを諦め、投げ出しておりました。しかしハク様やお姉様はまるで動じることなく、あの恐ろしくも強大な蜘蛛を、いとも容易く狩ってしまわれた。私、目の前で繰り広げられる戦いがまるで泡沫のようで、とても現実のものとは思えませんでした」
「仕方ないよ。ムトはダンジョンに入るのも、ましてや魔物を見ることすら初めてだったのだから」
「ですが私は、魔物と戦う前から諦めておりました。これほど強大な魔物に敵う者などいるはずがない。私はもうこの場で死ぬのだと……。しかしお姉様やハク様は違いました。それはもう歴戦の兵のように、勇敢に敵へと立ち向かい、あれほどの魔物を正面から捻じ伏せてしまわれた。これほど胸のすくことはございません」
自分が目の当たりにした感動をありありと言葉にした彼女は、命を救ってくれた俺たちに改めて感謝を述べた。そしてマーロンさんの手を取り、このお礼はいつか必ずと頷いた。
「当たり前のことをしただけさ。そもそも俺たちの仕事は、キミたち一行を守ることだからな」
「いいえ、今回のことは我らが半ば強制的にお二人を巻き込んでしまったものです。危険な目に合わせてしまっている以上、謝罪するのは当然のことなのです。それに、私たちは本当についていました。もし私どもだけでダンジョンに赴いていたならば、今頃は皆、魔物の腹の中にいたことでしょう。お姉様やハク様がいなければ、全てが終わっておりました。本当にこれほどの僥倖はございません」
改めて深々と頭を下げた彼女は、少しだけ恥ずかしそうにはにかんだ。
そしてくしゃくしゃと彼女の頭を撫でるマーロンさん。
ううむ、良いシーンである。
「して、その……、もうひとつ気になっている点があるのですが、その……、お姉様? お姉様は、その、ハク様と、お付き合いをしていらっしゃるのでしょうか……?」
不意の質問に、マーロンさんから「ハヘッ!?」と変な声が飛び出す。
頬に手を当て首を傾けたムトさんは、不思議そうに付け加えた。
「先程二人でお座りになられていたとき、なんだかとても幸せそうな雰囲気でしたので……?」
「そ、そんなことはないぞ、それはムトの勘違いだ。わ、私とハクは、そ、そんな関係ではない。勘違いだ!?」
「そ、そうなのでございますか……? とてもお似合いだと思いましたのに」
「お、お似合い!? な、何を勘違いしているのだムト。へ、変なことを言うでない。私とハクは村人と村長の関係であって、決してそのような!?」
マーロンさん……、慌てすぎですよ。
ムトさんが変な顔になっちゃってます。
「まぁまぁそれはそれとして、ムトさんはもう少しお休みしておいた方がよろしいかと。まだまだ先は長いですし、貴女が倒れてしまったら、我々は貴女のお父様やギルマスに何を言われたものかわかったものではありません」
助け舟を出した俺の言葉に同調し、「そうだぞムト!」と胸を叩いたマーロンさん。
大人しく納得してくれたムトさんは、わかりましたと微笑み、自分の寝床へと戻っていった。
大きく息を吐きながら額を拭ったマーロンさんが、「トアのいじわる」と呟いた。
プッと吹き出した俺は、「さて、なんのことでしょうね」と笑った。