第131話 宴のあとに…
俺とリッケさんの蕩けきった表情に目をキラキラさせ、ポンチョが先陣を切って刺し身をパクリ。するとその美味さに驚き、両方のほっぺたを押さえながら「おいちぃ~♪」とトボけた声を漏らしてしまった。
「え、ポンチョ、本当に美味しいの……?」
「ポンチョ、カニ好きー!」
「いや、でもこれカニじゃなくて蜘蛛……」
「カニ、好きー!!」
並べられた刺し身をパクパク食べるポンチョにつられて、ガンジさんが一足先に箸をつけた。
すると口にするなり目を見開き、無言で二口、三口と食べ始めた。
「ちょっとガンジさんまで。う~ん、そ、それなら私も――!」
続いてマーロンさんも。
するとどうでしょう?
あれほど躊躇していたのが嘘のように、「ほえ~」と驚くほどの間抜け面です。
「お、俺も食ってみようかな」
「俺もだ!」
呆然と眺めていた冒険者たちが競うように刺し身を口にし、各自思い思いに美味さを表現した。「え? え?」と左右に首を振りながら慌てているムトさんは、秒ごとに減っていく『食べない仲間』を求めて右往左往するばかり。最後まで残っていた使用人のパールさんもついには我慢できず、刺し身をパクリと口にした。すると大人の女性らしく「まぁ」と驚いて手を当てた。
「そ、そんな……。ですが私、このようなものを食すわけには」
それでも躊躇しているムトさん。
まだ粘りますか。ならば仕方がない。
奥の手を出すしかあるまい!
「……リッケさん、例のものを」
「うぃっす、村長」
ヤクザの子分のように低い声で返事した彼女は、脚の切り身を俺特製の調味液に浸してから、さらにそれを網の上に並べて火にかけた。ジュウジュウ音を立てて焼かれていく切り身が香ばしい匂いを漂わせ、これまで刺し身を食べていた面々が色めき立って集まってきた。
「な、なんだ、この暴力的なまでのいい香りは……!」
「た、たまらねぇ、これ以上どう我慢しろってんだよ!?」
薬の売人のようにフフフと微笑む俺とリッケさん。
ムトさんの護衛である彼ら、こちらの思うとおりに踊ってくれますなぁ。フッフッフッ
そしてここらでダメ押しだ。
最後に特製の醤油(※っぽい調合液)をサーッとひと回し。
するといかがでしょう?
しっかり下味の付いた最高級焼きガニ(※蜘蛛)の完成です!
「こちら、特製のタレ(※酢味噌っぽいもの)を付けてお召し上がりください。さぁさぁ、早いもの勝ちですよ?」
ムトさんの前に差し出すと、彼女を囲んで覗き込んだ全員がゴクリと喉を鳴らした。
皆が皆、中心で躊躇っているムトさんを見つめ「お嬢様が食べないのでしたら……」と今にも右手を伸ばしそうな勢いだ!
仲間の圧に押され、彼女がゴクリと息を飲んだ。しかも目の前に置かれた空前絶後の嫌がらせに、もはや心は砕かれグロッキー状態だ。そしてふわふわ体を揺らしながら、「わかりました、わかりましたよ」と観念した彼女は、俺から焼きガニ(※蜘蛛)を受け取ると、ほんの少し摘み、口元へと運んだ。
皆の視線が彼女の喉元に注目する。
ゴクリと飲み込んだ瞬間、皆が次の言葉を待ち構えていた。
「…………ウッソ、……美味しい」
その言葉をきっかけに「俺にも」「私にも」と皆が殺到する。
だよねぇと頷いた俺は、初めての味を共有できた喜びに震えながら、自分も改めて一口。
やっぱり美味いよね!
こうして始まった宴は滞りなく進み、食事が進めば必然的に場は和んだ。
これまで緊張感に苛まれていたムトさん一行も少しずつ俺たちに気を許し、リッケさんが持ち込んだ酒の効果もあり、ざっくばらんな時間を過ごすことができた。
賑やかな宴が終わると、緊張感から解き放たれて眠る者、満腹に満たされて横になる者など、それぞれが思い思いの時を過ごす中、ようやく静けさを取り戻したボスフロア。その中心に焚いた炎の袖に腰掛けた俺は、ひとり欠伸をしながら武器の汚れを落としていた。
蜘蛛の脚先から抽出した良質な油を紙に含ませて折りたたみ、薄く刀身に伸ばしていく。そうして微妙な作業に集中していると、不意に背後から誰かが声を掛けてきた。
「な~にしてるの?」
「……ああ、マーロンさんですか。道具の手入れですよ。それにしても、寝てなくて大丈夫ですか?」
「私は全然大丈夫。あ、それって蜘蛛を倒した武器だよね。凄い切れ味だったけど、ちょっと見せてよ」
俺の手元を覗き込んだ彼女は、ククリ刀を受け取るなり、「珍しい形だねぇ」と嬉しそうに眺めている。
「これ、トアがいつも使ってる武器なの?」
「いつもと言えば違うけど、防御の必要がないときによく使うかな」
「防御の必要がないとき、かぁ……。あはは、トアらしいといえばトアらしいけど」
「そうなの?」と聞き返した俺をハハハと躱した彼女は、焚き火の傍らで眠っているポンチョを撫でながら、少し落ち込んだようにうつむいた。
「どうかしたの?」
「だってさぁ……。私、立場上はトアより高ランクの冒険者ってことになってるのに、まだ何もできてないし。やっぱりトアと行動してると自信なくなっちゃうなぁって……」
「ふむ、それは……、少しずつ頑張るしかないよね」
「簡単に言ってくれるなぁ、トアは」
いじけ気味な彼女の頭を撫で「まぁまぁ」と慰める。
マーロンさんはいつも頑張ってるよと頷けば、彼女が肩を寄せてきた。
「これはこれは、お嬢様。誰かに見られたらどうするおつもりで?」
「あれだけ動き回ったんだもん、きっとみんな今頃ぐっすり眠ってるよ」
「まぁ……、そうかもしれませんけど」
俺も自然と肩を寄せる。
そして彼女の頬に手を当てたところで、「お姉様……?」と誰かが声を掛けてきた。