表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/133

第130話 別格であり格別


 フロアボスを討伐(とうばつ)すると、しばらく新たなボスが()くことはなくなり平穏(へいおん)な時間が(おとず)れる。よって無事戦いを終えた冒険者は、フロアボスの攻略と同時にその場で英気を(やしな)うのが通例となっている。


「しかもしかも~♪ フロアボスって奴らは、そのほとんどが見た目に反して食うと美味いのが相場で決まっててな。ちなみに蜘蛛(コイツ)の場合は、味覚で言うとほぼカニだ。最高なんですぜ、アネキぃ?」


 どうやら情報を事前に知っていたリッケさんだけが肩を上下にワキワキさせ、身を乗り出して喜んでいる。しかし俺の言動にドン引きした他のメンバーは、力なく床に伏している巨大な魔物の成れ果てを見上げながら、コイツは何を言っているんだと汚物でも見るような視線を向けているじゃないか!


「まさかまさか~♪ こんなとこで、かの有名なマンイータースモッグをいただけるなんて~、アタシはなんて罪作りな女なんでしょ~う! ビバ、ダンジョン。ビバ、ハク村ー!」


 天に祈りを捧げるリッケさん。

 両手には既にナイフとフォークを握りしめ、準備万端だ!

 しかしポンチョとリッケさん以外は離れたところから俺たちを異常者のように眺め、顔を見合わせたままだ。ったく、しょうがない子たちだねぇ……


「ほら皆さん、大丈夫ですからコチラへどうぞ。さっさと準備しますよ」


 声に誘われ渋々やってきたマーロンさんは、「本気なの?」と(あき)れ気味だ。

 ガンジさんは表情を変えるでもなく淡々としていたけど、やはりムトさん御一行は、呆然と黙々と作業している俺たちを無言のまま見つめていた。


「あ、あの……、ハク……さま?」


 蜘蛛脚(くもあし)の切り分けを終えたタイミングを見計らい、おずおずとムトさんが話しかけてきた。俺は彼女の緊張を和らげるため、大欠伸(おおあくび)しているポンチョを彼女に抱かせてから、「なんでしょうか?」と聞き返した。


「あ、あの、……ハク様は、あの、その」


「慌てることありませんし、質問は少し落ち着いてからにしましょうか。それよりもムトさんは、カニはお好きですか?」


「か、カニでございますか? あ、あの、海で採れるものでしたら……」


「じゃあ大丈夫だね。……はじめに言っておきます。これから我々は、みんな揃って〝 あること 〟をします。残念ですが、このイベントは強制参加で、拒否権はありません。これはダンジョンに潜った者が必ず通らなければならない()()()()みたいなもので、後で必ず語られる出来事の一つとなります。ですから、これからここで目撃する一つひとつを、よ~く覚えておいてください」


「は、はぁ」と答えた彼女に、俺は小さく(※といっても1メートル弱)切り分けた蜘蛛の脚を二竿、ポンチョと取り替えるかたちで持たせた。「え!? え!?」と慌てふためく彼女の鼻先に指を当てた俺は、「いちいちオタオタしないこと」と忠告し、(かたわ)らに準備した巨大鍋へと運ぶように指示した。


 あわわわと目を回しながら食材を運ぶ主人の姿を見て我に返ったのか、他の護衛が「俺たちも手伝おう」とやってきた。(うなず)いた俺は、これでようやくスタート地点に立ちましたねと笑った。


 狂信者のようにゲヘゲヘ鍋を掻き混ぜるリッケさんを横目に見ながら準備を終えた俺たちは、未だ緊張感に満ちた顔でこちらを見つめる一行を先に座らせ、コホンと咳払いをひとつ。もはや何も言うまいと目を瞑ったマーロンさんとガンジさんに関しては既に覚悟を決めているようですのでさておき、俺は他のメンバーに三回深呼吸してから心を決めるようにお願いした。


「え、は、ハク様……、心を決めるとは、どのような……?」


「時間も時間ですので、私たちはこれからここでキャンプを張ることになります。では突然ですが質問です。キャンプするとなれば、私たちはこれからここで何をするでしょうか?」


「え、ええと、体を休めて、……眠る?」


「確かに。しかしその前にすることがありませんか?」


 彼女自身、既にもう気付いているに違いない。

 しかし(ひたい)から脂汗を流してもなお、絶対それだけはイヤですと首を横に振りながら、「御冗談を」と目に涙を浮かべている。


「ということで始めましょうか。それでは皆さんお待ちかね、ディナータイムの始まり始まりー!」


 回転しながらダンジョン中に響き渡るほどの声量で高々と宣言する。

 ドンドンパフパフと鍋を叩いて盛り上げるリッケさんは、もはや狂ったピエロだ!


「さ~て今夜のラインナップは~、マンイータースモッグの刺し身に、マンイータースモッグの姿煮、マンイータースモッグ焼きに、マンイータースモッグの肝和え、マンイータースモッグのしゃぶしゃぶに、マンイータースモッグの香草焼き、マンイータースモッグの酢味噌和えに……」


「い、イヤです! (わたくし)、絶対にイヤですの!! あんな化物を食すなど、絶対に嫌なのですッ!」


 彼女は後退りながらマーロンさんの袖にすがり、「お姉様からも彼に言ってください!?」と拒否した。しかしその意味を理解しているマーロンさんは、彼女から目を逸らし、「あ、諦めようか……」と閉口するだけだった。


「お、お姉様っ!? そ、その、ハク様、(わたくし)緊張でお腹の調子がよろしくありませんの。で、ですから、コチラは皆様でお召し上がりに……」


 しかし俺は首を横に振り、「座って」と命じる。

 彼女はあわあわ怯えて震えながら護衛の冒険者やパールさんにすがるも、皆一様に諦めましょうと首を振った。


「大丈夫、喉元(のどもと)過ぎればなんとやらと言うじゃありませんか。ほらほら皆さん、それぞれ細切りに食べやすくしてありますから、どうぞ大きな大きなお刺身を手にとっていただき!」


 リッケさん以外の全員がゴクリと息を飲み、並べられた蜘蛛脚の刺し身(※タラバガニの脚みたいな感じにしてあるよ!)を手に取った。各自震える指先でそれをまじまじと見つめ、充血した眼で俺の合図を怯えながら待っている。よぉし、準備はできましたね……!


「ではお時間です。いただきまーす!!」


 全員が食事開始の言葉を呟くと同時に、俺とリッケさんは率先して蜘蛛の刺し身を口へ放り込んだ。そして全員の顔を流し見ながら、その「あまりにも」な味に酔いしれ、トロンと目尻を落とす。


「う、う、う……」


『う……?(一同)』


「う、う、う……」


『う……?(一同)』




『 う、うんま~い。美味い、美味すぎる、やはりこれぞ別格、美味すぎッ!』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ