第129話 カニ好きー!
「えっ」と呟いた彼女は、本能的に自分の死を予見してしまったのだろう。
目を瞑ることすら忘れ、走馬灯のようにゆっくりと迫る攻撃を見つめたまま、動くことすらできない自らの無様さを呪っているかのような。……ですけどね
ガチンッという金属音が響き、彼女は無意識に目を閉じた。
そして自分のクビが飛んだ音と錯覚したかのように、彼女は自分の頬に触れながら、再びゆっくりと目を開けた。
しかし彼女の目の前には、敵の放つ一筋の光りを弾き返した、
彼女自身の顔を映した鏡のような物が輝いていた。
「あ……、え……?」
「だからちゃんと前を見てないと。でないと死んじゃうよ?」
器用に彼女の目の前でクルクルと回転させ、手に馴染んだ武器を握り直す。
俺が操る武器といえば、まぁこれしかありませんよね。
「な、なんだ、あの武器は? あんな小さな武器で、奴の攻撃を防いだのか!?」
どうやら攻撃を弾く瞬間を見ていたのか、護衛の一人が叫んだ。
しかしその間にも、俺に攻撃を防がれたのが癪だったのか、蜘蛛が連続で糸を吐きつけてくる。おうおう、随分と節操のないことで。
俺は右手の武器を逆手に握り直し、踊るように舞いながら糸を叩き落としていく。
そして嫌らしく相手を挑発するように、艶めかしく指先を躍らせてやるのさ。
カモ~ンってな具合にな!
「ば、バカな……。全部さばいた、だと……? あの連続攻撃を……?」
などと呆然としている護衛の横腹を突いたマーロンさんが、「彼女を警護なさい!」と耳元で怒鳴りつけた。「ひゃい!」と上ずった声で返事した面々を離れた一角に退避させたマーロンさんは、あとは任せたと親指を立て、こちらに合図した。……完全に投げっぱなしじゃないですか。
「へいへい……。まぁそれじゃあ、やるだけやってみますかね」
俺は右手に握った武器を指先で摘んでゆらゆら揺らし、不意にニコッと微笑んでみせる。
そしてパッと空中に武器を浮かし、パンと手を叩く。そして浮いていた武器を再び手に取ると、あ~ら不思議。武器が二つになっちゃいましたー!
「この世界じゃだ~れも使ってる人はいないけど、やっぱり『あの職業』といえばククリ刀って相場が決まってるじゃない? しかも両手持ち必須。こればかりは外せないよな」
身を低くし、一気に敵との距離を詰めていく。
しかしそうはさせじと蜘蛛は激しく口を動かし、超高速の糸を連続で放つ。
「ハイッハイッ、もっとスピード上げるよ、ハイッ、ワンツーワンツー!」
攻撃を躱しながら鋭角に踏み込んでいく俺の足場が、敵の激しい攻撃で穴だらけになっていく。しかし掠りもせず音もなく敵へと近付いていく俺の姿に驚愕し、「なんだ、あの動き!?」と誰かが叫んだ。
「はいはい、声援ありがとうね。だけどいちいち騒ぐとそっちに注目を集めちゃうから、少し黙っててくれると助かるな!」
慌てて口を押さえた護衛に親指を立てながら宙返りした俺は、放たれた糸の背に乗って高くジャンプした。巨大な脚を振り上げて迎撃体勢に入った蜘蛛は、器用に数本の前脚を操り、俺を叩き落とそうと巨大な爪を振り下ろした。しかし――
「そんなデカいだけのつぶらな脚が当たると思う? 俺に一撃当てたいなら、もっと細く、もっと鋭く、もっと小回りに動いてみせな。ブッブー、0点!」
振り下ろされた脚を半身で躱し、続いて横にスライドしてきた爪先を足場にして身体を回転させる。そしていよいよ目前に迫った敵の顔面を睨みつけながら、「グネグネしてんなぁ、お前」と話しかける。
放たれた糸を笑いながら避け、両腕のククリ刀を逆手で握り、十字に振り抜く。
気持ち悪い口元の触手をざっくり斬った俺は、続け様にフンと腕に力を込め、目の前にあった脚の根本に二本の刃先を捻り込んだ。
根本から音を立て、脚の一本が弾け飛ぶ。
飛び散った血がムトさんの顔にあたり、彼女が「ハァァァ!?」と口に手を当てて悶絶し、今にも倒れてしまいそうだ。……ご、ごめんね。
「ま、でもコイツの血には毒もないし、死なないから勘弁してよ、ねッ!」
さらに続けて遠距離の斬撃で二本の脚を切り落とす。
よろけてバランスを崩した蜘蛛の懐へと切り込みつつ、いつもとは勝手が違う大きな肉体(※暗殺者時代は小さくフォルムチェンジした小柄な体で戦ってたよ!)を全面に押し出し、力任せに右の拳で土手っ腹にアッパーカットを叩き込む!
紫色の血が飛び散り、魔物の悲鳴のような声が響く。
本音を言えば殺さずに進みたいけど、残念ながらここはフロアボスの間。
倒さない限り俺たちは前に進めない。ってことで、成仏してくれよな!
相手の巨体が僅かに浮き上がり、後方にバランスを崩した。体操選手のように美しい弧を描いて跳び上がった俺は、蜘蛛の頭上に静かに着地する。しかし気付くことすらできない蜘蛛は、俺の姿をまだ無数の眼で探していた。
……しかし、残念。
お前程度の実力じゃ、俺の姿をもう金輪際、見つけることはできないよ。
「じゃあな、でっかい蜘蛛さん」
俺は脳天の核にククリ刀を差し込み、一撃で息の根を止める。
全ての眼から光を失った蜘蛛は、まるで電池が切れたかのように大きな音を立てて崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「ほい、一丁上がり、と。……にしても、結構血が付いちゃったな。どっか洗える場所とかあるのかね」
などと呟いていると、頭上から「んあ?」と寝ぼけた声が聞こえてきた。
身を乗り出して俺の顔を覗き込んだソイツは、開口一番、「もうご飯?」とフサフサの毛を俺の顔面に擦り付けながら言った。
「へいへい。それじゃあ疲れたし、そろそろご飯にしましょうか。……ところでポンチョ、お前〝 カニ 〟は好きだっけ?」
モコモコの顔面をこれでもかと震わせながら、「ポンチョ、カニ好きー!」とはしゃいでいる。
よーしよしよし、なら決まりだな!
「それでは皆さん集合してください。休憩の意味を込めまして、これから皆さん大好きなカニ鍋ならぬ、『クモ鍋』で疲れを癒そうじゃありませんか!」
ふふふ、なるほど、なるほどね。
意味がわからず、全員の口がポカーンと開けっ放しだ!
まぁそりゃそうか。
俺は自分の常識外れっぷりに苦笑いを浮かべながら、ポンチョのリュックに自分の武器をしまったのだった――