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第128話 マンイータースモッグ


「お、お姉様、我々本当にこの中へ進むのでしょうか……? (わたくし)、恐ろしすぎてどうにかなってしまいそうです」


「だ、大丈夫よ。私もいるし、そっちにはハクもいるんですから。それにムトのお付きの者もいる。何も問題ないよ」


 固い笑顔でフフフとなだめるマーロンさん。

 ですが事前にお話を窺ったところ、実はマーロンさん、彼女自身ダンジョン攻略の経験がほとんどないそうで、エリアボスと戦ったことはニ度しかないそうです。早い話が、とても緊張しているんだと思います。フフフ、可愛い。


「ま、マーロン殿、我々はこの先どうすれば……?」


 護衛冒険者がマーロンさんに身の振り方を確認した。

 俺は自分の口を覆いながら彼女に目配せし、「こっちで適当にやるから大丈夫」と合図した。


「だ、大丈夫だ。エリアボスに関しては、私とハクで対処する。皆は後方でムトとパール殿を囲み、引き続き警戒をお願いします」


 心得たと頷く彼らを見届け、「そろそろ行きましょう」と扉に触れた。

 すると紫色の光りを放ち始めた扉がゴゴゴゴとひとりでに音を鳴らし、観音開きに動き始めた。


「こ、この先にエリアボスがいるのですね……(ゴクリ)」


 ムトさんが握りしめた杖(※護身用)をさらに強く握った。

 異常なほど高い天井が露わになり、だだっ広い空間から流れ込んだ冷たい空気が俺たちの袖を通り過ぎていく。さぁ、いよいよボスのお出ましだ。


「マーロンさん、後方の警戒をくれぐれもお願いしますね」


 大聖堂の構内を思わせるほどの開けた空間は闇に包まれており、その全貌すら明らかにしてはくれない。しかも肌に触れる空気はへばりつくように冷たく異質で、後方で待機している冒険者たちの緊張が手に取るように伝わってくる。


 全員が中に入ると同時に、音を立て扉が閉まっていく。

 閉ざされてしまった扉の外へ無意識に手を伸ばしたムトさんは、これで逃げ場がなくなったことを悟り、息を吸うことすら忘れ呆然としていた。


「後ろばかり見ていて大丈夫ですか? 敵は後ろではなく、皆さんの目の前にいるんですよ」


 俺の言葉をきっかけに、部屋の奥で何かがボゥッと瞬いた。

 微かな光りが浮き上がり、自分たちの背丈よりずっと高い位置にまで持ち上がっていく。


 ズゥゥン、ズゥゥンと腹の底に響くような重厚感のある地響きに加えて、酷く耳触りなギチギチと何かが蠢くような声がきこえ、ムトさんの肩が強張った。しかし次第に目が慣れ空間の全貌が明らかになっていくにつれ、強張っていた力がズンと抜けてしまった。


 目にしたその姿は、言葉にすれば『山』だろうか。

 さらには無数の眼と、無数の脚を地面に這わせ、気味が悪い数多の触覚で、この空間全体を覗っていた。


「ば、バカな……。()()()()()()()()()()だと? 聞いてないぞ、第一階層のエリアボスがマンイータースモッグなんて、俺たちは聞かされてないぞ!?」


 後方で待機している冒険者の一人が叫んだ。

 彼の言葉どおり、俺たちがギルマスのテーブルから聞かされていた情報と、目の前に立つ魔物とでは随分話が違っている。本来ここに出現するのはブラックベアーと呼ばれるクマ型の魔物数体のはずだが、現に俺たちの前には体長25メートルはあろうかというマンイータースモッグ、いわゆる蜘蛛型の巨大個体が鎮座していたのだから――


「む、無理だ、無理に決まってる。お、お嬢様を守りながら、こんなバカでかい魔物と戦うなんて!?」


「それどころじゃねぇ。俺たち全員が正面から戦ったって、あんなのどうやっても敵う相手じゃねぇだろ!?」


 しかしこんなことはダンジョンでは良く聞く話だ。

 レア魔物の出現やレアボスとの遭遇すら、冒険者は常に考慮しておかねばならないと相場が決まっている(※と冒険者教本に書いてあったよ!)。


 完全に戦意喪失してしまった護衛の冒険者が後退り、謀らずも護衛対象であるムトさんが最前列に出してしまっている。するとこれまで護衛が壁になって見えていなかった全てが、必然的に彼女の視線に飛び込んでくる。


 人など一払いで千切れ飛ぶであろう、鋭利で太い脚が八本。

 必要以上に生えている毛は刃物のように鋭利で、触れれば指くらい軽く跳んでしまうに違いない。


 見上げれば、漆黒の甲冑の如き巨大な装甲に包まれた肉体と、ギュルギュルと不可思議に動く頭がひとつ。無数に忙しなく動いている口は、今にも自分を千切って食い散らかす想像をせずにはいられない。しかも頭全体に散らばっている円球状の無限と思えるほど多くの眼たちが、一斉にこちらへ向き直り、真っ直ぐ自分を見つめている。彼女は一瞬にして蜘蛛の毒牙に飲み込まれ、身動き一つできず、数秒後に自分が死ぬ姿を想像してしまっていた。


「どうすんだよ、ここはエリアボスの領域なんだぞ。もう俺たちに逃げる場所なんて――!?」


 護衛の一人が泣き言を漏らしたときだった。

 ムトさんの肩にそっと手を置いたマーロンさんが、恐怖に飲み込まれた彼女の真横に顔を並べ、「泣き言を言うより先に、自分の成すべきことをなさい!」と一喝した。


 ビクッと背筋を正したムトさんを横目に、「やる~」と満足そうなリッケさん。

 というより、なんでアナタはそんなに余裕なんですか……?


「無論、我らが村長殿ならば、必ずや蜘蛛なぞ討ち倒してくれようぞ」とガンジさんも。ちょっと待って、勝手にハードル上げないで。


「し、しかしお姉様、(わたくし)、たかだか人が、あの化物に敵うとはとても思えません。(わたくし)は、ここで死ぬのでしょうか。もしそうならば、どうかお姉様たちだけでも……」


 彼女がそう呟いた瞬間だった。

 揺らぐように点滅した蜘蛛の瞳が、突如開戦の狼煙を上げ、口先から細い糸を放った。


 糸とはいえ冒険者の身体を貫くほどの勢いで放たれた一閃は、真っ直ぐにムトさんの顔へと向けられ進んでいった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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