第125話 ギルド再興大作戦
深々と頭を下げるテーブル。
だが待ってほしい。
俺はマーロンさんの横顔を見つめながら、数秒前のおかしな一文を彼女に確認する。
しかしマーロンさんの視線は俺たちの正面で落ち込んでいる『お嬢様』に釘付けで、もはやそれどころじゃないご様子です!
「待った。ええと、テーブルさん……? 今なんと仰いましたか……?」
「だから彼女のことを宜しく頼むと。本来なら俺自ら帯同してやりたいところだが、そんなことが他の商会連中にバレた日にゃそれこそ職権乱用と疑われちまう。今のウチのギルドで、こんな頼みをできんのはアンタたちくらいしかいねぇんだ、頼む!」
「いや、そこじゃなくて……。その、ムトさんでしたっけ……? 彼女、いくつって」
「はぁ? だから、まだ12の娘さんを代表にだな――」
『 じゅ、12だとぉぉっッッ!? 』
隣ではマーロンさんも同じように驚愕して仰け反っている。
いや、ちょっと待て。
この完成された麗しき姫君が、まだ12歳ぽっちの少女であられると!!?
嘘だ、嘘に決まっている、信じられん!!
すると額に血管を浮かせたローリエさんがいよいよ拳をバキバキ鳴らし、背後に炎をまとわせながら言った。
「この娘はね、それはそれは昔っから苦労してお父様たちを支えてきたの。小さな頃にお母様を亡くして、本当にね、一言では語りようもないほど色々あったのに、親ひとり子ひとりで、ずっと頑張ってきたの!」
恐ろしく私情のこもった熱いセリフをぶつけられ、俺は「ハァ……」と返事するほかない。
よくよく聞かされれば、どうやご令嬢はローリエさんの娘と歳が近いようで、幼い頃から見知った関係性なのだという。道理でずっと私情が混じりすぎてるはずだよ……。
「そういえば言ってなかったか。彼女は12歳になったばかりの、その、……言い方は難しいが、まだ成人前の子供だ。父親である代表も、彼女の若さを危惧して躊躇していたんだが、いよいよそうも言っていられなくてな……」
テーブル自身も彼女の父と親交があるらしく、個人的な望みも混じるがと前置きし、もう一度頭を下げた。
しかしこれは困ってしまった。
途中までは無碍に断って許される気がしていたが、どうにも空気が変わった。
ここで依頼を断れば、違う意味で俺たちの評価は地に落ちる気がする。
いや完全に『地べた這いずり案件』だ、これは!
「ズルいでしょう……。これで断ったら、俺たちいい笑いものだ」
「悪いとは思ってる。しかしこんな無茶を頼めるのは、もうお前たちくらいでな。もちろん成功時の謝礼は期待してくれ。それ相応の対応もさせてもらう。だから、頼む」
マーロンさんに目配せすると、彼女は色々考えながらも頷いてくれた。
俺は大きなため息をついてから、同じように仕方なく「わかったよ」と頷いた。
「ほ、本当ですか!? ほ、本当なのですね!!?」
俺たちの返事を聞き、ムトさんがマーロンさんの手を取って子供のように飛び跳ねた。
その姿は幼気な子供そのもので、その姿が本来の彼女そのものなのだろう。
「私、かねてよりマーロン様に憧れておりましたの! 『獣傑の狩人』の二つ名をお持ちのマーロン様は、いわば我ら 『か弱き女』の憧れの的。その可憐で美しいお姿、本当に私たちの理想そのものですの!」
彼女はかねてよりの「マーロン推し」だったらしく、深すぎるマーロン愛を語りながら、ずっと彼女の手を離さずにいる。マーロンさんも満更ではないのか、照れながら「ハハハ」と頭を掻いている。フフフ、わかりやすくて可愛いお嬢さんたちめ!
「しかしひとつだけ確認を。テーブルさんは先程、今回の仕事を『護衛』と言いましたね。単純にアイテムを集めるだけなら、別に護衛などせず俺たち二人でアイテムを探しに行けばいいだけでは?」
しかし難しい顔で肘をつくテーブルとローリエさん。
今度はまた別の箇所を示しながら、「俺たちもよくわからんのだが……」と呟いた。
「今回の代表選出の条件に、アスキート商会が急に口を出してきたのよ。これからは金や権力だけでなく、代表となる人物自身にも勇猛さや勤勉さが求められると。ですから商会の力を使ってアイテムという権威を示すだけではなく、代表となるべき人物自身も自ら先陣を切って試練を乗り越えるべきだって」
「は、はぁ……? い、いや、どうしてそんな条件を」
「当然俺らも同じことを言った。しかし商業ギルド同士のことに俺たち冒険者ギルドが口を突っ込むのも違う話だ。何より商業ギルドって組織は、より強い冒険者を抱えていてこそ成立する。それが当然と言われちゃ反論する目もねぇからな」
この条件は一周回ってアスキート商会と揉めた俺たちのせいかもしれないなと苦笑いがこぼれてしまう。どうやらロベリウスは、これを機会に可能な限り周囲の敵を消そうとしているようだ。将来大きな敵になる勢力の力を奪いつつ、さらには俺たちの品を横取りし、確固たる地位を得る腹づもりらしい。食えない野郎だ。
「ひとまず話はわかったよ。それで依頼はいつからなんだ?」
よしきたと依頼書を裏返したローリエさんが、ニコッと指をさした。
そこには、あまりにも理不尽な文言が記されていた。
「……ということだ。言わずもがな緊急案件だからな。一分一秒でも早く頼む」
『確認後、即時』と書かれた文字に呆然とする俺とマーロンさん。
目の前では既に準備万端大きな荷物を背負ったムトさんが、気合いを入れながら拳を握っていた。
これはアレだな、さすがに横暴がすぎる……
彼女の護衛冒険者数名と使用人も現れ、こちらにペコリと挨拶した。
なるほどね、俺たちにはもう四の五の言う暇すら与えられないということですね!?
「もちろんそっちの事情もわかるし、すまないとは思ってる。が、説明したとおり今はタイムリミットすら不透明で、事情が事情だ。何より、……こうして気丈に振る舞っている彼女のことを少しでも気にかけてやってくれると助かる」
俺の耳元でテーブルが呟いた。
すっかり忘れていたが、彼女が12歳の子供で、愛する父親の死を間際にして奮闘している事実を考慮すると、確かに同情を禁じ得ることはできない。しかしそれにしたって急すぎる。今後はギルドの緊急要請について彼らと協議していく必要があるだろう。だがまぁそれでも――
「マーロンさん、どうします?」
「どうするもこうするも、頼まれちゃったし、もう逃げられないね。それに……」
きっと俺たちの前で不安な顔をせぬよう心がけているのだろう。
マーロンさんに触れているムトさんの指先は、ずっと微かに震え続けていた。
まったく、仕方ないなぁ。
「だったらさっさと開始して、さっさと終わらせましょうか。キノコ探し改め、『ギルド再興大作戦』のスタートだ!」