第124話 乙女の祈り
「それは皆様がお作りになられたピルピル草が市場に流入することによる混乱が起きぬよう、公爵様自らが国家事業として制限をかけられるようお認めになられたという事実にほかなりません。期間は数年とされておりますが、あれほどの品を官のみで管理されてしまえば、我らが流通させる従来の品など見向きもされません。しかし公爵様直々の勅命となれば、我々も従わざるを得ず……」
なるほどね、上手いこと言って上の連中ごと丸め込んだわけか。
しかしこれでハッキリした。
俺たちは今回のことで、てっきりテーブルたちに説教されると思っていた。しかしどうやらまだ彼らは村の商会とアスキート商会の契約が破断したことを知らないらしい。しかも奴らはその事実を逆手に取り、国の上層部にすら情報を上げぬまま、全てを自分たちで牛耳り、国内に流通させようと目論んでいる。
商魂たくましいというか、がめついというか。
これはこれは面白い展開になってるじゃないの。
リッケさんが小躍りして喜びそうだ……
「たとえそうだとしても、皆さんほどの大所帯が解散などという状況にはならないはず。他にも理由があるのでは?」
すると再び沈んだような表情になるムトさん。
こちらも彼女を強引に悲しませたいわけではございませんので、少々心は痛みますが……
「実は……、数年前より我が商会の代表である父が体調を崩しており、この折に商会の代表を私に譲ると」
「代表が貴女に。であれば、なおさら腕の見せ所かと」
と言った俺の言葉も耳に入らず、彼女の表情は優れぬままだ。
咳払いをしたローリエさんは、まるで俺を獣か何かのように睨みつけながら言った。
「まさかハクさん、商会の代表でありながら、代表交代のルールも知らないわけじゃありませんよね。貴方も同じ立場なのですから、他人事ではないんですよ!?」
お、怒っていらっしゃる。
しかし当然ながら、俺はそんなルールなど知らないのである!
「ご、ごめんなさい。そんなルールがあるんですか?」
ハァとため息をついたテーブルとローリエさん。
すると彼女は俺に渡した書面の一部をガツガツ叩きながら、「ココに!」と語気を荒げながら言った。
「え、ええと、なになに。『商会代表者の専任は、組織規模毎に、代表として相応しい人物を選出のこと』。うーん、要するにどゆこと?」
「商会の代表たる者は、その商会のランクにより、それ相応の器を持たなければ認められぬ、ということです。商会の代表は組織の顔です。それゆえ公国では、商会の代表が変更となる場合、代わりとなる者が相応の結果を残さぬ限り、代替わりを認めないというルールがあるのです」
「へ、へぇ……。それの何が問題なの?」
ローリエさんは鬼武者のような顔のまま、無言で別の箇所をドシドシ叩いた。
そこには『条件』が記されており、俺は適当に読み上げた。
「なになに、『代表者は以下アイテムを入手のこと』? ベルガデムのオーブ、ガンガリブの鉤爪、etc……」
列挙されていたのは、それなりの入手難度を誇るアイテムの数々だった。
どうやらそれらアイテムを権力の証として示すことで、新たな商会の顔として認められる、ということらしい。ふ~ん。
「なら集めたらいいんじゃん。有名商会なんだし、これくらい簡単でしょ」
するとローリエさんは俺の鼻先まで顔を寄せ、「名目は読んだんでしょうね……?」とメンチ切っている。いや近い近い、今にも口と口が触れちゃいそうです……
「確かに時間をかければ集められるアイテムだろう。しかし今回は、その『時間』が問題でな」
「え? 別に急いでるわけでもないのに?」
「父の容態が芳しくなく、……ともすると」
「……あ、あらら。ちなみに不慮の事故等で代表が不在になった場合、暫定の代表者が立てられたりはしないの?」
「当然可能です。しかしその場合は暫定の代表となるため業務の幅が大幅に制限されます。また期間内に新たな代表者を立てられぬ場合は、商会権利の剥奪か、相応するペナルティを受けることになるでしょう」
「へぇ、厳しいんだ……。でもそんなに急ぐなら、もっと早く準備しておくべきだよね。それ、そちらさんの怠慢じゃない?」
と俺が口にするやいなや、ローリエさんの充血した眼球がさらに近付き、今にも鼻先に触れてしまいそうです。……どうしてそんなに怒ってるの!?
「……確かに、ハク様の言うとおりです。しかし私まだまだ未熟者ゆえ、お父様の後を継ぐとなれば足りぬことばかり。弁解の言葉もございません」
またシュンとしてしまうムトさん。
でもなんでしょうね……。
どうにもこちらが悪者になっている空気が充満してる気が……。
そもそもローリエさん、もはや無言の圧などという言葉では足りぬほどブチギレ状態なんですけども!!?
「そう言ってやるな。たかだか12の娘を代表に据えなきゃならん父親の苦悩も汲んでやってくれ。悪いがこのとおりだ、頼む、どうにかならないか!」