第122話 不可解な要請
渋い顔で見合った俺たちは、どうやらその原因らしき『モノ』を見つめてハァとため息をつく。
「な、なんなのだ、おかしな音を鳴らしおって。また新たな魔物が現れたと思ったではないか!?」
ドギマギしているガンジさんに音の原因を摘んでみせたマーロンさんは、「どうする?」と俺に聞いた。音の出どころは言うまでもなくギルドカードからで、ギルドからの緊急呼出らしい。こうなると以前に交わした約束の手前、無碍に放置するわけにもいかんでしょう……。
「緊急呼出の応答は冒険者の義務ですから、キノコ探しは一旦ここまでにして、ひとまずギルドへ行きましょう。その間で申し訳ないんですが、リッケさんとガンジさんは今回採れたキノコの調査をお願いします。もちろん、……まだ食べちゃダメですよ」
「わかっとるわ!」とツッコむリッケさん、ガンジさんともども、俺たちは村へと戻り、彼らと別れてすぐマイルネの町へ向かった。その間も幾度となく緊急要請を知らせるベルが鳴らされ、相当に切迫した状況なのは窺えるが、俺とマーロンさんが複雑な表情でそれを見ていたのは言うまでもない。
「やっぱり今回のこと、何か言われるよね?」
「でしょうね。私たちの村が国の面子を潰しちゃったようなものですもの。きっとローリエさんもカンカンよ」
だよねぇと項垂れる。
これから冒険者ギルドの皆さんと顔を合わせると思うだけで憂鬱すぎて嫌になる。
俺たちは重い足取りのまま、どうにか呼び出し元である冒険者ギルドの戸を叩くのだった。
姿を見つけるなり「あっ!」と声を上げたローリエさんは、話しかけるより先にギルマスであるテーブルを呼びつけ、揃うなり酷く慌てた様子で駆け寄ってきた。ローリエさんは、こちらが話を振るより先に俺の腕を取り、強引に客室へと引っ張り込んだ。
「ちょ、ちょっと、ローリエさん!?」
「いいからすぐきて。マスターも急いで!」
同じようにテーブルも部屋へ投げ込んだローリエさんは、もう誰も逃がしませんわと言わんばかり、勢いよくドンッと扉を閉めてしまった。その表情からは、怒りなのか、それとも焦りなのか、判別できないほど妙な感情が入り混じっているようだった。
「あ、ああ、スマンな二人とも。説明もしないまま……」
珍しくもテーブルが「ウチの従業員が申し訳ない」と先立って謝罪し、鼻息荒いローリエさんに落ち着けと肩を叩いた。……これはどんな状況なのでしょうか?
「ええと、それで緊急の要請というのは……?」
しかし彼は俺の質問に対し、「それよりも先に……」と断ってから、「こちらへ」と何者かを呼びつけた。逆方向を向いていた椅子がくるりと反転し、誰かがすっくと立ち上がった。美しい身なりをした若い女性は、真っ直ぐこちらへ近付くなり、令嬢のように清く正しく一礼し、「私、ムト・ブルームと申します」と挨拶をした。
突然のことで唖然としている俺の背中をドンと突くローリエさん。
俺は慌てて彼女に一礼し、自己紹介した。
「御二人のことはよく存じております。例の穀物を当国へ供給いただいている冒険者の方々なのだとか。以後お見知り置きくださいませ」
改めて深々と一礼した女性は、どこかの貴族令嬢だろうか。
ひらひらフリルの沢山付いた華々しい服装に加え、言動もどこか気品を帯びている。見た目の美しさもさることながら、何よりその佇まいは一流と呼ぶに相応しく、粗雑な俺たちの存在が一層みすぼらしく見えるってものだ!
「あの……、それでこちらのご令嬢は?」
「こちらは公国で『ブルーム商会』という商業ギルドを営んでおられるブルーム家の令嬢であるムト殿だ。今回二人を呼び出させてもらったのも、他でもない彼女に関することでな」
と、テーブルが付け加えた。
ムトと紹介された女性は満面の笑みで俺とマーロンさんの手を取り、これでもかというほど両手を上下させ興奮している様子。一体なんだってんだ。
「それで、商会のご令嬢様がどのようなご用件で……?」
すると彼女は俺よりもむしろマーロンさんにロックオンし、彼女の手を握り、両目を見つめながら言った。
「実はマーロン様にお願いしたきことが!」
しかしキラキラ目を輝かせた彼女は次の言葉に詰まってしまい、ただただマーロンさんの両手を握ったまま憧れの眼差しを向けている。代わってオホンと咳払いしたテーブルは、助け舟を出すように「概要はこちらが話そう」と断った。
「実はムト殿の御父上が依頼を出されてな。二人には彼女の手伝いをしていただきたいんだ」
そう言うと、待ち構えていたようにローリエさんが手配書を差し出した。
そこには詳細な依頼内容が記入されていたが、読むのが億劫だった俺は「それで?」と質問した。
「彼女の護衛、と言えばいいか。二人には彼女とともに、ある場所へ行ってもらいたい。とあるアイテムを手に入れてほしくてな」
コクコク頷いた彼女が、「是非!」とマーロンさんの手をさらに強く握った。
しかし待ってもらいたい。
わざわざこのような依頼を、緊急呼出として招集されたのだとしたら馬鹿げた話である。
正直なところ、俺もマーロンさんも少しばかりオコである。
「ギルドのマスターともあろう者が、このような要件でわざわざ呼び出したということか。申し訳ないが、場合によっては拒否も辞さない程度の案件のようだが」
彼女の手をそっと解きながら、毅然とした態度で言い捨てたマーロンさん。
さすがッス、姉さん!
しかしテーブルは首を横に振りながら、「ふざけているわけではないのだ」と付け加えた。
「これには少々入り組んだ事情があってな。彼女の事情もあって詳しく話すことはできんのだが、早い話が貴族連中のゴタゴタもあり、早急に片を付けたい案件なのだ。ただし一点、先に断っておくが、今回のことは彼女の方にはなんの非もない。よって彼女には当たらないでやってくれ。批判は俺の方に頼む」
テーブル直々に頭を下げられたものの、それで俺たちの気が晴れるわけではない。
何より貴族のゴタゴタとなれば、さらに表情が険しくなってしまうのが本音だ。
無下に拒否をすれば話が拗れるし、関わったところでメリットなどひとつもない。
それくらいなら聞かなかったことにするのが一番と手配書を返却しようとするが、俺の手を掴んだローリエさんが「お話だけでも」と睨みつけるように言った。
「どうしても聞かなきゃダメ?」
「悪いが依頼拒否はランクダウン、……いや、冒険者権利の剥奪まであると思ってほしい」
おいおい、冒険者権利の剥奪とは。
それがこのお嬢さんの護衛を断った程度で被るようなペナルティかよ。
「悪いが承服しかねるな。ギルドマスターともあろう者が、その立場を振りかざし冒険者を脅そうとは。それとも、そうでなくては困るほどの理由でも?」
猫科の鋭い眼でテーブルを睨みつけるマーロンさん。
しかし緊張感を増していく場の空気に一番飲まれているのは、今回の主役であるムトという女性本人だった。
「も、申し訳ございません。私のことで皆様に御迷惑をおかけしてしまい……。しかし此度のこと、御二人でなければどうにもならぬとテーブル様から助言をいただき、恥ずかしながら御依頼をさせていただいた次第であり……」
一つ救いがあるとすれば、彼女自身に悪意や悪気があるわけではないことだろうか。
しかしそれとこれとは無関係だ。これがギルドマスターという立場を利用した職権乱用なのだとしたら、やはりガツンと言ってやらねばなるまいて!
「悪いが貴女は黙っていてもらおう。我らはギルドマスターに訊ねている。緊急だとのたまい我らを呼び出した意味、包み隠さず話してもらおうか」
例外は許さないと前置きするマーロンさん。
すると詳細は話せないと首を振ったテーブルに代わり、ムトさんが意を決したように呟いた。
「……わかりました。全てお話します」