第121話 ジェットコースター輪舞曲
二種類目 マダラハイドロロックダケ
『其の茸、谷底の極地に生息し、陰りし夜にのみ咲くと云う』
「お次は極寒の渓谷の底で、曇った夜にだけ生えてくるキノコだそうです。こちらも単純に言うなれば、あまりにも寒すぎるため並の冒険者では近付くこともできませんし、暴風雪が吹き荒れる中でキノコを探すなんてもってのほか。ハッキリ言って、死にに行くようなものですね~」
再度の『いい加減解説』をひけらかしたリッケさんの説明に、ガンジさんが今度こそはと深く頷く。
二人の意見を集約し導き出された結論によると、マダラハイドロロックダケという第二候補のキノコは、現在我々がおります この『テレメタリック渓谷』の谷底を通っている細く長い小道の道中に、時折姿を見せるとか、見せないとか、……らしい。
「もう一度確認するけど、本当にあそこを降りるのだよな? 私の目が確かなら、あれ、雪が下から上に降っている気がするのだが……」
マーロンさんが驚くのも無理はない。
コーレルブリッツ公国北東の端の端に位置するテレメタリック渓谷は、海から流れ込んだ冷気と東に位置する高山帯から流れ込む冷気とがぶつかり、その力が氷属性の魔力に変換されることで、恐ろしいほどの冷気と風を生み出す地形となっている。しかもその冷気と風は渓谷へと吸い込まれるように流れ込み、さらには底から吹き上げられた暴風が延々と降り続ける雪を押し返すことによって、下から上に雪が降るという珍現象を引き起こすに至っている。
谷底はもともとの低温に加え、吹き荒れる風により極寒地帯となっており、その地へ赴く冒険者たちを地獄の底へと引きずり込む一役を担っていた。さらにはそんな極地を寝床にするアイスゴーレムといったゴリゴリ高ランクの魔物も生息しており、侵入者の行く手を今なお阻み続けているという。
「ちなみにここも恐らく大丈夫だと思いますので、皆さんはご心配なく。でも火山のときと同じように長時間留まることはできませんので、さっさと探して、さっさと戻りましょう。ガンジさん、渓谷の重点ポイントを教えていただけますか?」
俺の顔だけをジッと見つめていた彼は、反論も付け足しもせず、地図を開くなり「谷底を一本通っている細道のどこかにキノコはある」とだけ告げた。
「であれば、さっさと行きましょうか。ほらほら皆さん、またこちらに集合して」
もはや言葉を挟むことすら無意味と手を繋いだ女性陣ニ名と、俺を見定めるかのようなガンジさんに、業火空間、空間無効化の魔法をかけ、「ちゃんと手を繋いでくださいね~」と子供を引率している保育士さんのように少しだけ声を高くして言った。
手を繋いだ三人をヨイショと担いだ俺は、頭上のポンチョに手を添えながら、切り立った崖際に立ち、谷底をそっと覗いた。そして「おい、まさか」と呟いたガンジさんの言葉に頷きながら、何もない中空へと一歩踏み出した。
「ま、待たれよ、待て、待て待てまてー!?」
悲鳴に近い彼の嘆きを肩越しに聞きながら、俺は谷の傾斜をスキーを楽しむかのように直滑降で降っていく。「ひぇぇぇ」という中年男性の言葉にならない叫びとは裏腹に、女性陣二人はもう慣れたものでジェットコースターを楽しむ若者のように黄色い歓声を上げていた。
生身では肉体が壊死してしまうほどの冷気と風が、俺たちの全身を激しく襲う。降りしきる雪のせいで数メートル先の視界さえ奪われる中、俺は一瞬も躊躇なく谷底を目指して滑り降りた。そしてものの数分もしないうちに道幅五メートルしかない細道まで到達し、急ブレーキをかけて停止した。
「っヨシ、到着っと。さてさて皆さん、着きましたよ~」
などと伝えたときだった。
ゴゴゴという地響きが谷底に轟き、皆の視線が引っ張られる。
俺たちの立っている小道の少し先では、巨大な物体が激しく身体を揺らしながら、薄暗く見通しの悪い空間を怪しく照らす瞳を滾らせていた。
「あ、アイスゴーレムですと? どうしたそのような魔物が、このような場所で……」
10メートル強もある巨体を道幅いっぱいに広げ、降りしきる雪を正面に浴びたゴーレムは、その青色の肉体をこれでもかと見せつけながら「オゴゴゴォッ」と唸りを上げた。腹の底から震えるようなその声は並外れた迫力を携えており、隣にいるガンジさんが思わず二歩後退した。
「火竜の次はゴーレムですか。まったくこんな場所まできて、魔物退治は面倒だねぇ。……ハァ」
文句を言ってみても、どうやら奴は俺たちのことを敵と認識したらしい。
ドスドス足を鳴らして駆け寄ってくるゴーレムは、その巨大な腕を振り上げながら襲いかかってきた。俺は腕組みしたまま氷の壁で初手を受け止め、壁が砕けた瞬間を見計らってゴーレムとの距離を一気に詰める。そして――
「キミら生成魔物は構造が単純でいい。頭の裏にあるコアを、ポンッとするだけで止まっちまうからな」
相手の肩に手を置きつつ、ゴーレムの頭に足を絡ませ、そのままの勢いで首裏部分に貫手をドスンと撃ち込んでやる。さらに指先に触れたコアをむんずと掴むなり、そのまま引っこ抜いて壁にぶん投げた。小石のようなものがパリンと割れると、ゴーレムはすぐに制御を失い、その場で膝をついて動かなくなった。はい、これまた一丁上がり!
「ご、ゴーレムを一瞬で!? そ、某、寒さで頭がどうかなってしまったのか……?」
正気が保てず両耳を塞いだガンジさんを尻目に、俺はパンと手を叩き、「ではキノコを探しましょう」と宣言したのだった。
こうして谷底でキノコ探しを継続した俺たちは、魔法が切れるまでの数十分間で、五つのマダラハイドロロックダケを探し出すことに成功した。
ハイイロダラヌメダケより一回り小さいそのキノコは、八つの凍った花びらのような風変わりな形をした傘と、真緑色のおどろおどろしい柄が恐ろしいほどのギャップを誇り、さらには爆弾のようにカチカチという異音を常時鳴らし続けるという不気味さを孕んでいる。しかもその見た目に反して触り心地は異常に柔く、強く握ればすぐ萎んで無くなってしまうのではないか、というほど絶妙な感触をしていた。
「これで二つ揃いましたね。それではいよいよ最後の……」
と、言いかけたときだった。
俺の隣にいるマーロンさんの胸元で、チロチロと音が鳴った。