第119話 雁字搦め
一種類目 ハイイロダラヌメダケ
『其の茸、山神の御神火の麓にのみ生息し、大月の夜にのみ咲くと云う』
「ええと、大雑把にいえば、火山帯のマグマ近くで月が出ている夜にだけ生えてくるってことですね。簡単な話ですが、普通の人ではまず火口付近になど近付くこともできませんし、そこでキノコを探すなど不可能。ハッキリ言って凡人が手に入れるのは無謀っちゅうことですな!」
ざっくばらんに現状をひけらかしたリッケさんの言葉にガンジさんが深く頷く。
二人の意見を集約した結論は、ハイイロダラヌメダケなる第一候補のキノコは、現在我々がおりますこの『フエゴンボリー火山』の中心に見えております火口へと降りる経路の途中で、時折姿を見せてくれるとか、くれないとか。
「それにしても……。本当にあそこへ入るのか? 見るだけでも恐ろしいことになっている気がするのだが」
マーロンさんが呆れているのも無理はない。
コーレルブリッツ公国の南西の端の端に位置するフエゴンボリー火山帯と呼ばれる山岳地帯は、何を隠そう山肌からは常時マグマが吹き出し、昼夜問わず噴火し続けているというヤバすぎる場所だ。しかも火口付近にはマグマを餌場とするマグマゴーレムや火竜が住み着いており、遭遇する魔物のランクまで高いときている。よって並の冒険者では足を踏み入れることすら不可能、との説明を受けました!
「マーロン殿、某の記憶によると、此度の遠征は我が村の最高ランク者でもある貴殿が頼りの綱だと把握しているが……。現時点でそのような調子では、これから先が思いやられるというもの。やはり無謀ではなかろうか」
「ムッ、ちょっとガンジさん、それ普通に失礼だからね。いくら私の冒険者ランクが高くても、こっちはハクみたいに変な冒険者じゃないの。覚えておくことね!」
マーロンさん、その反論、何もかも間違っている気がしますよ……。
ガンジさんも話が噛み合わずに困惑しちゃってますし。
「あ、ああ、まぁ多分大丈夫ですのでご心配なく。ですがそれでも火口に長時間留まることはできませんので、さっさと探して、さっさと戻りましょうね。ではまず火口へ降りる前に、重点的に探すべきポイントをまとめておきましょうか」
不審な者を見る目をしたガンジさんをよそに、リッケさん、マーロンさん、そしてポンチョの三名にはまるで緊張感がありません。ポーっという気の抜けた顔をぶら下げ、どうやら完全に俺のおんぶに抱っこになるつもりらしい。いいや、アンタたちも少しは対策を考えなさいよね!?
「……ふん、まぁいい。最も可能性が高いのは火口に最も近いこのあたりであろう。しかしここは火竜の生息地にあたるため、悠長にキノコを探している余裕があるとは思えぬ。よって可能性は低くなるものの、火口から少しばかり離れた南側の一角を探すのがベストであると推察する」
火竜といえばマグマ溜まりに住まうドラゴン系統の魔物で、翼を持つ翼竜ではなく、四本の脚で地を這うように動き回るタイプの火属性竜の一種だ。その名の通り口からは火を吐き、マグマの熱を弾くほどの硬い皮膚を持ち、さらに太く長い尻尾は固い岩盤すら打ち抜くほどの力を持っている。しかもその巨体はボアボアを上回るほどで、複数体が横並びになればビル一棟以上の圧力を感じずにはいられない化物である。だけど……
「なるほど、火口の一番近くですか。なら目的地はそこですね」
「…………は? 村長殿、今なんと?」
「ですから、火竜の住処っていう火口近くへ行きましょうと。可能性が高いなら、まずそこへ行くべきです。違いますか?」
「いや、それはそうなのだが。しかし某やリッケ殿、それにポンチョ殿は戦闘員として期待できぬ足手まとい。そもそも火竜の討伐ランクは『Bランクパーティーが三組以上』と定義されておるはず。無謀にも程があるぞ!?」
「だってよ、マーロンさん。どうする?」
と彼女に訊ねてみる。すると彼女は呆れたように首を横に振り、「今さら反論しても無駄よね」と細い目をしながら言った。
「だそうです。ということで、さっさと参りましょう。時間はこれから一時間以内、もし見つからなければ、また日を改めて別日ということにしましょう!」
ポンポン勝手に話を進める俺たちの議論に入る余地がないガンジさんは、「おい、おい」と落ち着かず慌ててばかりだ。しかし説明している時間も惜しいので、さっさと出発しましょう!
俺は皆に集まるよう指示し、ここでの約束事を伝える。
何があってもバラバラにならないこと。
そして勝手な動きはしないこと。
ガンジさんは明らかに不服そうだけど、おいおい説明することにしておこう。
俺たちはマグマ踊る火口を山の頂上付近から見下ろしながら、おおよその位置関係を互いに把握したうえ、目指すべきポイントを共有した。しかし気が気でないガンジさんは、話半分泳いだ目のままで、どうにも落ち着かない様子だ。
「ほい、それじゃあいきますよ。では事前準備として、氷結空間、空間無効化、……と、あとは基礎能力向上をちょいちょいっと」
自分を除いた三人にマグマ対策を施した後、俺はいつもバスガイドさんが持っている三角旗を片手に、みんなを先導する。「ちょっと、待たれよ!?」と慌てたガンジさんがゴチャゴチャ言ってるけど、時間がもったいないので無視します。
「ほえ~、本物のマグマって凄いわねぇ。村長さん、これ触ってみていい?」
「別に構いませんけど、指をヤケドしても知りませんよ」
ふーんと半笑いのリッケさんが、マグマ溜まりから弾けて跳ねた溶岩の欠片を指で摘んで持ち上げた。「バカなッ!?」と大慌てなガンジさんをよそに、焼きおにぎりでも摘むように手の上で躍らせた彼女は、「1200度!」と笑いながら喜んでいる。
「な、何をしておるのだリッケ殿。貴殿、死ぬのが恐くないのか!?」
「え~、なになにガンジちゃ~ん。もしかしてビビっちゃってるわけぇ? キャキャキャ、か~わい~♪」
ガンジさんのモコモコ頭をワシャワシャ撫で回すリッケさん。
……いいなぁ、俺もやってみたい。
「や、やめんか馬鹿者! 貴殿ら、どれだけこの恐ろしき自然を舐めたら気が済むのだ、本当に死んでしまうぞ!?」
「確かに普通ならそーかも。でもね、アタシらなんかはひとっつも心配してないんだ~。……だって、ねぇ?」
リッケさんが俺とマーロンさんの首に手を回し、俺の頭上で眠っているポンチョの頬にキスをした。そして僅かな曇りもない目で言った。
「ガンジちゃんさ、いいからだまって村長についてきなって。そうすりゃ今よりもっと自由に生きられるよ。アンタのその常識に雁字搦めにされたつまんない考え方、これから180度変えてあげる。期待してていいぞよ♪」