第113話 新たな武器
随分と舐められたものだな。
確かに最近の俺は村内でも影みたいなものだし、実際影も薄い。
それもこれも優秀すぎる村人たちが多いからなのだが、それでもこれ以上舐められるわけにはいかんのだよ!!
村に戻った俺たちは、各種族の代表たちに交渉の決裂を知らせ、今後も売り先を探していくことになったことを告げた。しかしリッケさんと同様、特に動じることがない各族長は、「わざわざ安い値で売ることもないでしょう」と軽く頷きスルーした。こ、こいつら、俺の気も知らないで!?
「ただし、先に忠告しておくよ。きっと今回のことで、我が商会はマイルネの町で肩身の狭い扱いを受けることになると思う。悪いけど、それは覚悟しておいてね」
しかし俺の言葉を右から左へ受け流した各族長は、「まぁどうにでもなるでしょう」と他人事のような反応だ!
な、なぜだ、なぜ俺と彼らでこうも所感が擦れ違うのだ!?
しかし俺に代わって唯一手を挙げた者がいた。
その人物はアリクイ族の族長で、「おひとつ懸念が」と付け加えた。
「流通の交渉が上手くいかなんだのはわかったけんども、町の商会においらたちのタネ苗を握られちまってんのは問題だなぁ。サイズに関しては肥料のことがあるで町の人らじゃどうにもならんけんども、味に関しては一気に差がなくなってしまうで。そこんとこ、村長さんはどうするつもりですのん?」
確かにと同調する面々がまじまじと俺を見つめている。確かにピルピル草の流通が封じられてしまえば、我が村から出せる目玉商品は、イモ一本に絞られてしまうことになる。……が、実のところ、俺はその点に関してあまり心配をしていない。むしろそんな初歩的なミスを俺がすると思ってもらっちゃ困るんですよね。
「それは俺たちの苗が、アスキート商会に使われるかもしれないって心配ですよね? ……なら回答しましょう、残念ながら彼らにそれはできません。まず不可能だと思います」
「で、できない? それはどうしてなんだな……?」
「簡単ですよ。彼らには俺たちのピルピル草を発芽させられないからです」
「発芽? それはどしてなんだな?」
俺は彼らに昨年使用した苗を一本かざしてみせた。
「もっと言えば、コレは俺以外、誰にも作れないと言った方が正しいかな」
全員が頭上に「はてなマーク」を漂わせている。
そりゃそうですよね。みんなには説明してなかったので。
「なら逆に質問ね。どなたか俺以外の誰かがこの苗を作ったのを見たことある?」
そういえばと皆が顔を見合わせる。
コリツノイモ然り、ピルピル草然り、どちらの苗に関しても、俺はこの「0→1」の作業を任せたことはない。当然そこには明確な理由があったわけで……
「こんなこともあろうかと、実は発芽の条件をメチャメチャ厳しく改良してあるんだ。せっかく俺たちが苦労して作り出したのに、それを簡単に奪われたらやってられないからね。もちろん可能性はゼロじゃないけど……、多分それなりの人物が数年がかりでやっと、ってとこじゃないかな」
「そ、そのような細工を……。さすが村長殿、まさかそのようなことまで準備されていようとは!」
久しぶりに褒めてくれる猫族の族長。
この感じ、いつぶりだろう。なんか嬉しい。
「なるほど、であればますます町の商会の言い値で売るなど言語道断でござるな。次の冬になる頃には、奴らも現実を知ることになるだろう。これは面白くなりそうぞ」
しかし俺の言葉を利用してガンジさんが一言付け足した。
全員が「確かに」と頷いたことは言うまでもない。
「そうなると、我々は時間をかけて我が村の作物を卸す先を探せば良いということになるな。思いのほか容易い仕事となりそうだ。であろう、主殿?」
シルシルとボアボアが意見を集約して進言した。
確かに現段階では売ることができるイモも実も両方手元にないため、慌てて売り先を探す必要はない。なんならイモの収穫が終わるまでに流通先を確保できれば困ることもなく、商品の品質に絶対の自信を持っている彼らの背後には、燃え盛るほどの炎のような熱気が漂っていた。
……が、ここまでは俺も想定内だ。
恐らくは俺が何を言ったところで、彼らがこの状況を憂うことはない。
それよりもむしろ、慌てて売る必要すらないと考えている。
何せ、彼らは金にまったく興味がない。
あれだけの金を前にしても、誰一人として心揺らぐことがなかった。
唯一リッケさんだけがウヒャウヒャ言っていたが、彼女自身も『興味』という餌の前では金すら無に帰してしまう。
だったらどうすればよいか。
彼らをギャフンと言わせるためには、それとは全く別の分野をぶつけてやるほかない。
そしてそれはなんなのか?
そんなもの、一つしかないだろうが!!
「な~にをみんなして勝手なことばっか言っちゃってるのよ。キミら、揃いも揃って勝手なことばっかり言ってくれちゃって、ちょ~っとばかり良い気になっちゃってるんじゃないの? だったらそうだなぁ……。キミらにひとつ、俺から課題を出そうかな」
俺の煽りに面々の目の色が急激に変わった。
しかしそれすらも当然といった空気を醸し出す彼らときたら……。
こっちの気も知らないでさ!
「コリツノイモ、ピルピル草と、村特有の農作物はできたけど、それでもまだまだ武器としては弱い。だったら早急に用意しなきゃダメだよね。『新たな武器』を……」
この際、売り先のことは一旦考えるのをやめよう。
恐らくは揉めに揉めることになるだろうけど、それはもう俺が泣けば済むだけの話だ。
それよりもまずは、調子にのっている彼らの目の色を変えることが先だ。
猫族、ボア族、アリクイ族、ウルフ族、そしてウォンバット族が揃い、それぞれが持つ特性を活かすことで、作業の幅は急激に広がった。だからこそ、ここで次の一手を打たない手はない。
「穀物、イモ類ときたら次は何か。豆、葉物、果物と種類はあるけど……。俺がやりたいのは一つしかない」
俺は勿体ぶって背後に隠していたブツを手に取り、じゃじゃ~ん!とそれを掲げた。
それは俺が大好きで、ある条件下でのみ入手可能な美味しい美味しいモノだった。