第112話 村内全面戦争
「ちょっとガンジさん、どういうことなの。今日は黙って話を聞くだけって約束だったよね!?」
「しかし某、あのような輩に『我が村の奇跡』を安く買い叩かれるのが我慢ならなかったゆえ」
確かに提示された金額が本当に正しい価値なのか、一考の余地はあるだろう。しかし今回に限っては、俺自身そこに意味を持ち出すことは難しいと感じていた。まずは国と良い関係を築くことが最優先事項であって、それがいきなり交渉決裂では、さらに話がややこしくなる!
「今回は相手の出方次第で良かったんだよ。確かに安値で売ることにはなるかもしれないけど、最初から国と揉めたら元も子もないじゃないか。そもそもなんの実績もない俺たちと契約してくれる商会なんか、本当にあるかもわからないのに」
しかしガンジさんは動じず、「世迷言を」と言い捨てた。
「主殿はこの苗の価値をまるで理解しておられぬようだ。我らウォンバット族は、各地を転々としながら生き抜いてきた遊牧民族である。故に数多の土地で数多の作物を口にしてきた。その我らが言うのです。これは、そこいらで手に入る生半な物ではございませぬ。それをかのような安値で捌くなど……。もっと自信を持ちなされ」
「たとえそうだとしても、うちの村はまだこの国でちゃんと認められた場所じゃないんだよ。これで国と揉めることになれば、そのときは国から直接敵だと認定されるかもしれないんだよ?」
「それこそ安心なされ。この国のトップは、かの名高きランヴィル公爵。この程度の狼藉で我らに手を出すほどの阿呆ではござらぬよ。それよりリッケ殿、今後のことで相談があるのだが」
呆れるリッケさんを呼び出し、先々の展望を語り始めたガンジさん。
俺は、これはマズったかなぁと首を振りながら、村の行く末を憂いて空を見上げるしかなかった。
―― そして数日後
改めて開かれたロベリウスとの会談は、本当に酷いものだった。
こちらは先日の非礼を詫びたものの、ならば倍の量を同値で卸してほしいと突きつけられたことに端を発し、さすがの俺たちも苦い顔をするしかない。こうなってしまえば、もはや話は平行線にしかならないわけで。
今回も半ば強引に帯同したガンジさんは、相手方の言葉を一切受け入れず、会談はそのまま破断となった。面子を潰されたと憤るロベリウス、そしてアスキート商会から睨まれてしまうことは言うまでもなく、マイルネの町に農作物を卸すという村の目的自体がいきなり頓挫してしまい、俺はひとり頭を抱え、苦悩するスタートととなってしまった。
「あの商会の代表、まるでお話にならぬわ。我らを小規模な村の小童程度にしか見ておらぬらしい。国の後ろ盾を良いことに、日頃から方方であのような買い叩きをしているのだろう」
どうにもガンジさんと俺は話が合わない。
というより、あまりに独善的で話を合わせられないと言った方が正しいかもしれない。
商会からの帰り際、俺はリッケさんをひとり呼び出し、「どうしたものでしょう」と相談を持ちかけた。
「う~ん、どうでしょう。確かに寛容に、おーらかに話を進めようとしていた私たちとは180度違って、居丈高で、かかり気味なくらいの態度でしたね~」
「その結果、契約は破断になっちゃったし、ロベリウスさんのことは怒らせちゃうし……。俺は一体どうすれば……」
「ですけど、一方で私はガンジさんの言うことも一理あるなぁと思ったり。だもんでガンジさんが喋りだすと、アタシはずっと口を挟めずじまいでさぁ。ヒッヒッヒ」
どうしてずっと黙っているんだと思っていたけど、どうやら彼女はこの状況を面白がっていたらしい。
むぐぐ、なんだか段々腹が立ってきたぞ!
「だけどこの状況がマズいことくらい、リッケさんもわかってますよね!? サワーさんから紹介された国の商会との取引を蹴っちゃったんですよ。まず間違いなく上にも話がいきますよ。そうなったら、もしかすると公爵直々に文句を言われたり……」
「それならそれで良いじゃないですか。戦争ふっかけられるならまだしも、それくらいの謝罪なら村長が相手んとこ出向いて話つけてくるだけですよ。軽い軽い、ナッハッハ!」
んなアホな!?
高笑いしている彼女と違って、俺はもうイッパイイッパイだっての!
ランヴィル公爵といえば、俺が過去に殺めてしまったフニュース公爵の息子だ。
相手がそれを知る由もないだろうが、俺だけは違う。
できることなら、直接ランヴィル公爵と接触することだけは避けておきたい。
だからこそ、この状況は本当にマズいんですって!
「……どちらにしても、これで村の商会がアスキート商会に目をつけられたのは間違いありません。あの口ぶりだと、まず何か手を打ってくるでしょうね」
どうやらリッケさんもその点については同意らしく、額を押さえながら「あちゃ~」と呟いた。
「しっかもあちらさんは、マイルネで一番の商業ギルドときたもんだ。ま、普通に考えたら、私たちの商品を卸させないよう手を回してくるでしょうね。やっぱり!」
ですよねぇと俺が項垂れる。
さらに彼女は指を一本立てながら付け加えた。
「さらにさらに、あちらさんはこの冬に私たちが卸した武器を持ってる。なんならそれを使って、次の冬にはその武器を私たちにふっかけてくるでしょうね。さぁて、どうしますぅ?」
まるで他人事のように言うリッケさん。
どうやら彼女的にはどちらに転んでも面白ければOKというスタンスらしく、ガンジさん、リッケさんともどもが俺と一枚岩という感じではない、らしい。
……わかったよ。
そっちがその気なら、俺にも考えがあるんだからな!
「ならいいですよ、俺も腹を括りましょう。……その代わり、また俺が無茶なことを言い出しても文句は言わせませんからね!」
ふふ~んと嬉しそうな顔で「それはまた楽しみですこと」と宣言したリッケさん。
良いだろう。こうなったら目に物見せたる。
村内全面戦争じゃー!