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第110話 刀を構えたガンジさん


 きっかけは些細(ささい)な歯車の掛け違いだった。


 というより、想定外?

 いや、それよりも認識不足か?


 どちらにしても

 その人物の本質を読み違えていたことが、

 最も大きな要因なんだったと思う――



 リッケさんに連れられるまま商会発足の挨拶へと訪れた俺は、柄にもなく緊張していた。いわゆる企業相手の営業活動なんて久々で、言ってみれば約20年ぶりのきっちりとした『仕事』である。元社会人の身の上としては、きっちり仕事をこなして終えたいと思って何が悪いのでしょうか!?


 公爵補佐であるサワーの紹介を受け、いわゆる国家直属の商業ギルドである『アスキート商会』の門をくぐった俺たちは、商会の代表であるアスキート・リー・ロベリウスに招かれるまま、応接室のふかふかソファーの前に立ったのだった。


 まずこのロベリウスという男、今は商業ギルドの一代表という枠に収まっているものの、その商才は国内外に轟くほどの人物だと聞かされている。見た目はふくよかで、どこか余裕を感じる佇まい。鼻下にはヒゲを蓄え、装飾品は派手目で見るからにやり手な営業マンといった装いか。自分に合う服装というよりも周囲に威厳を示すタイプの格好をしているな、などと握手を交わしながら分析した俺は、同行者の紹介と村の簡単な説明を終え、ようやく椅子に腰掛けた。


 と、順調だったのはここまでだった。

 にこやかな会談が始まってそこそこに、先の一手を打ってきたロベリウスが、食糧危機の際に卸したピルピル草の粉を取り出し、それを手渡しながら言った。


「この商品はあまりにも素晴らしすぎる。今後も我が商会にこちらの品を卸していただきたい」と。


 自前の商品を褒められて不服に感じる者はいないだろう。

 現に俺も喜ばしく思っていたし、そう言ってもらえるのはとても嬉しい。隣に座っていたリッケさんも、そうだろうそうだろうと頷きながら、自分たちが育て上げた作物の評価を納得しながら聞いていた。


「それに噂ですと、それはそれは舌がトロけてしまうほど甘いコリツノイモも隠していらっしゃるとか。そちらにつきましても、是非おひとつ我々に仲介をさせていただきたく」


 俺の私感ではあるが、これ以上ない反応だったと思う。リッケさんも同様に、俺と同じくにこやかにしていた。何より彼女がまた暴走しないかと心配していた手前、常時にこやかだったのだから、俺がどれほど安堵していたか想像がつくはずだ。


 しかし異常事態は、これら二品を卸すための詳細な話に入ったときに起こった。


 冬の飢饉を回避するため暫定的に取り決めた金額から、さらに上乗せした価格を提示したロベリウスは、「この金額でいかがでしょうか」と俺たちに訊ねた。俺とリッケさんが顔を見合わせ、互いに「問題ないかな」と頷きあったところで、徐ろに俺たちの隣に腰掛けていた小さな小さなモコモコが口を開いたのだ。


「これではお話にならない」、と……


 思わず「は?」と横を向いた俺とリッケさんは、その人物の顔を見つめていた。

 その男は商会の見習いとして同行した人物で、リッケさんと反対の左目に視力矯正用のメガネを掛けた、ウォンバット族の『モコ父』こと、ガンジその人だった。


「え、いや、何言ってるのよガンジさん……?」


「それはこちらの台詞ですハク殿、この価格ではまるで話になりませぬぞ。少なくともこの一倍半、上乗せいただかぬ限りは、物を卸すことなどできますまい」


 表情ひとつ変えることなく言い放ったガンジさんは、ソファーからピョコンと降り、テーブルの上に置かれた二品目を手に取った。


「都の皆々もご存知であろうが、申し訳ないが我が村の品は都に流通しておる品とは根本的に違いすぎておる。それをこれら一般的な物と変わらぬ値で捌くなど言語道断。まるでお話にならぬと言わざるを得ない」


 苗のひとすじを手に取り、その香りに酔いしれてみせる。そして村の品を自画自賛しながら、「再考を」と突っぱね、取引を完全に拒否した。俺たち二人は身内である彼の言葉に呆気に取られ、ロベリウスも目を丸くして口をパクパクしている。おいおい、この人急に何を言いだした!?


「ちょっとガンジさん、急に何を言い出すんですか。これはもう大筋で決まっていたことで、それを……」


「そのような前提は関係ござらん。許されぬものは許されぬというだけのこと。これほどの品を、これほどの価格、量で卸すとなれば、今後どのような状況が起こるのか、お主もわかっておるのではないか。のう、商業ギルドの代表殿?」


 身を乗り出し、あまりに堂々と質問したガンジさんは、ロベリウスの目の奥の奥を覗き込みながら上目遣いに呟いた。


 その姿はさも日本刀を構えた侍のようで、一切の遊びなく敵を見据えているようだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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