第011話 運命という名の天命
「親方、どうかしました?」
「嬢ちゃん、このイノシシ、そっちのダンナが持ち込んだのかい?」
「いえ、正確に言えばそちらのマーロンさんおひとりですね。何か問題がありますか?」
エンボスはまじまじとボアの状態を確認しながら、血抜きした首元を除き、傷一つない美しすぎる死体のさまに目を見張っているご様子。
「獣人さん、アンタいい腕してんな。ここまで見事な肉、俺ぁ久々に見たぜ」
歓心の声を上げるエンボスさんの姿に驚いていたのが、何を隠そうローリエさんだった。どうやら彼は滅多に人を褒めないタイプの職人気質な性格らしく、「親方が冒険者さんを褒めてるの、私初めて見ました」と余計な一言を。嗚呼、またマーロンさんの視線が痛い……。
「少し待ってな。これだけ鮮度のいい状態なら、すぐにでも切り分けてやれるはずだぜ。牙と肉と皮、あと内臓や骨なんかはどうする?」
ローリエさんから細かな解体方法を確認したエンボスは、腕まくりするなりさっさと解体に取り掛かる。ナイフを滑らせ小気味よく捌いていく様は職人技そのもので、ポンチョは目を輝かせ、その様子に見入っていた。
「じゃあ牙や内臓なんかはウチで買い取りで、肉と皮はお前さんらだな。しっかし見事なもんだ。解体しやすいように、凍らせる方法もきめ細かな氷の粒で少しずつにしていやがる。なんなんだ、この完璧な下処理は。そのへんにいる素人冒険者どもに見せてやりてぇぜ」
「そんなに凄いんですか~? 私にはよくわかりませんけど~(興味なさそう)」
これは過冷却を用いた冷凍方法なんですよ! とひけらかしたくなる気持ちを抑えつつ、俺はみんなに混ざって「へ~」と頷いた。またまたマーロンさんの視線が痛いけど、今回はローリエさんがぜんぜん興味なさそうなのでセーフ!
無駄に切り離すことなくあるがままに美しく皮を剥ぎ、部位毎に、かつ機械的に肉を並べていく姿は壮観そのもので、エンボスはほんの10分で処理を終わらせてしまった。「ジャスト定時!」と親指を立てるローリエさんに苦々しい表情を浮かべたエンボスは、「人使い荒すぎだろ……」と言いながらも、どこか満足気だった。
「じゃあコイツとコイツはそっちに渡して、あとは買い取りに回しとくぜ。ところで獣人さん、アンタこのあたりじゃ見ない顔だが、名のある冒険者なんだろう? また次もウチで頼むぜ」
「親方が『次も頼む』なんて初めて聞きました。マーロンさん、貴方本当に凄い方なんですね……(ゴクリ)!」
言葉が通じず反論できないのを良いことに、一方的にハードルを上げられていくマーロンさん。その困惑具合は凄いけど、今は我慢してください!
「金は嬢ちゃんに受け取ってくれ。てことであとは頼んだ。俺は帰る!」
解体用の手袋を外しながら豪快にガハハハと笑ったエンボスは、さっさと片付けを終えて去っていった。「ありがとうございました~♪」と礼を言ったローリエさんは、肉と皮以外をパッパパッパと回収し、空中で指先を動かしながら買い取り価格を計算し、「窓口で少々お待ち下さいね」とバックヤードへ消えていった。
ギルド職員がいなくなり、マーロンさんがもの凄い剣幕で俺の肩を叩いている。話さずとも言いたいことはわかるけど、ここは目を逸らして誤魔化す一択だ!
威圧攻撃を躱しつつ人目の多い場所に移動した俺は、芸術などわからないのにコホンと咳払いしながら美術品を眺める老紳士のようにクエスト掲示板に目を通す。別の冒険者たちを気にして強く出られない様子のマーロンさんには悪いけど、お金を受け取る代わりに、全てを飲み込んでくださいお願いします!!
「お待たせしました。素材買い取り料から解体費を差し引いた金額がこちらになります。大金貨1枚(※金貨100枚相当)に金貨が45枚、それと銀貨8枚に銅貨が4枚ですね。ご確認ください」
その場にいた冒険者の視線を集めるほど高額な買い取り額に、またマーロンさんの目が泳いでいる。それにしてもボア一体で金貨145枚ももらえるのか。これは良いことを知ったぞ。
肉と皮を大きな袋に詰め込んだ俺たちは、ローリエさんに礼を言い、ギルドを後にした。外に出るなりマーロンさんの圧が凄いけど、ここはもう納得いただくしかありません。俺たちに助けられてしまった罰ゲームだと思って我慢してください!
解体を待っていた時間で日はどっぷりと傾き、既に町には夜の帳が下りていた。確実に不機嫌なマーロンさんを連れたまま、ひとまず宿を取った俺たちは、宿の店主に料理できるスペースはないかと聞き、外の馬小屋の前であれば勝手に使ってくれと了承を得た。
どうやら今夜は馬を連れた冒険者がいないのか、馬小屋前には馬の姿も、ましてや人の姿すらなかった。しかしそうと見るや、マーロンさんが恐ろしく殺意に満ちた剣幕で俺に迫ってくるわけで……
「◎△$♪×¥○&%#!!?」
「本当にすんません、言いたいことはなんとなくわかりますが、そちらを差し上げますのでご勘弁いただけませんか……」
「¢£%#&□△◆■!!」
言葉が通じなくとも表情を見ていれば伝えたいことはわかります。「こんなもの受け取れない!」と言いたいのは存じ上げますが、それは不可能なのです。これを受け取ってしまえば、我々は人の道から外れてしまいます。これは天命という名の定めなのです!!
「拒否したい気持ちは理解できます。しかしこれは、言ってみればそちらの落ち度。貴方は運悪く、俺たちに助けられてしまった。さらに言ってみれば、これは運のツキ。甘んじて運命を受け入れるしかないのです。貴方はこの瞬間、謀らずもギルドの信頼とお金の両方を手に入れてしまった。それは全て、運命という名の天命なのです!!」