第108話 モコ父
リッケさんとマーロンさんが、同時に「はい~?」と声を漏らす。
俺はさらに指を二本立て、「これは?」と聞いてみる。すると……
「む、むむむむむむ、は、八本!!」
なるほど、これはやはり……。
俺はモコ父から少し離れ「これ、どっちに穴が空いてるかな?」と、視力検査でよく用いるCの図形を示してみせた。しかしモコ父は、「そんなものはない!」と断言し、回答すること自体を諦めてしまった。
「なるほど、そういうことか」
俺の落胆に、マーロンさんが「どういうこと!?」と質問した。
俺はたった一言、「彼ら、多分目が悪いんだ」と伝えた。
「目が……? ああ、そういうこと!」
どうやら全てを察してくれたリッケさんは、驚きながらも納得している。
しかしまだよくわかっていないマーロンさんは、「ちゃんと説明して!」と憤っている。可愛い。
「簡単さ、見えてなかったんだ」
「見えてない?」
「さっきポンチョが俺たちの間に入ってきたとき、どうもおかしな感じがしたんだよ。急にポンチョが現れてモコ父はびっくりしてたのに、なぜか後ろの子供たちは反応を示さなかった。なのにポンチョが駄々をこねだしたら急にハッとしたり、驚いてみたりして。なんだか他と反応するタイミングが違っててさ」
「え、それってどういう……?(それにモコチチって何……?)」
「彼ら、ほとんど目が見えてないんじゃないかな。しかも地下暮らしなうえ夜しか動き回らないから、目よりも鼻や耳を頼りに動くことが多いんだと思う」
「ということは、もしかして匂いだけを頼りに苗を集めていたから、ここが畑だって気付かなかったってこと!? そんなことが本当にあるの!!?」
「恐らくね」と頷いた俺は、そこのところを詳しくモコ父に聞いてみた。
するとどうやら図星だったようで、モコ父もようやく状況が掴めてきたらしい。
細かな状況を時系列的に追っていくうち、少しずつ大人しくなっていった。
「で、では某、お主らの畑に侵入し、『伝説の青草』を拝借してしまったということなのか。し、しかし信じぬぞ。その証拠をみせてみぃ!」
冷や汗を流しながら釈明するので、俺は手元に残っていた苗を渡し、ちゃんと確認して、匂いを嗅いでみてと指示した。「ふむ」などと言いながら目の前1センチの場所からまじまじ睨んでからクンクン鼻を動かしたモコ父は、「まさしくこれぞ!」と胸を張りながら言った。
いや待て、もうそれ白状したのと同じですからね……?
「これは俺たちが育ててるコリツノイモの苗で、実際に畑に植えていたものと一緒なんだ。コイツは俺たちが作った独自の品種だから、この村以外のどこにもないし、そもそも俺たちの畑にしか存在していない」
「ふ、ふん、そ、それはどうかな……。そ、そもそも、コリツノイモがこのような芳しい香りを放つなどと、そのようなたわけたことを申すな!」
「だったらこれ」と昨年作ったイモを渡し、苗と比べてみろと指示してみる。
恐る恐る二つの匂いを嗅ぐうち、どうやら気付いたモコ父が静止している。
ならばダメ押しだな。
「それ、一口かじってみ」
冷や汗ダラダラなモコ父がイモを前歯でカリッとかじった。
するとワナワナしながら「まさかこのようなことが!?」と驚愕し、ひっくり返った。
「アンタの鼻と口が正常なら、その苗とイモがもともと同じものってのはわかるだろ?」
「しょ、しょんな、しょんな馬鹿な……。では某、お主らの植えた作物を、勝手に食ってしまったというのか。人様の育てておったものを……」
「しかもその畑のために引いた水瓶の底を食い破って、勝手に水場を引いたまでひっくるめれば、ダブルでやらかしてるからな」
ガーンとショックを受けたモコ父は、「なんたる不覚」と絶句した。
どうやら俺たちの水瓶から引き込んだ導線を地下水脈の一部と勘違いしていたらしく、勝手に穴を開けて地下の住処に水を引いたのだとか。なんと迷惑な……
現場検証を兼ねて状況証拠を全て確認した彼らは、ようやく全てを認め、村人たちを含む全員に釈明した。モコ父はその額を土にめり込むほど地面につけ、土下座しながら謝罪するだけでなく、「この場で切腹いたす!」と悲壮な顔で尖った食器を腹に当てるので、慌ててみんなで止めた。
しかし本当に困ったのは、彼らの処遇だ。
俺の袖を引っ張ったマーロンさんは、苗を食べられて憤りを隠せない村人たちを横目に、「どうするの?」と心配している。
「村のみんなが被害を受けてるし、さすがにお咎めなしってわけにもねぇ……」
「ねぇハク、あまり酷い罰はやめてあげられないかな。私、あんなに後悔してる人たちを酷く責められないよ!」
彼らを横目でチラチラ見つめながら、とてもハラハラしている様子のマーロンさん。
彼女はやっぱり優しい人だ。だったら仕方ないか……
「確かにアナタたちは知らなかったかもしれない。しかし目が悪いとはいえ、どこかで気付くチャンスはあったはずです。苗は不自然なほど等間隔で植えられていたはずですし、何より目が見えなくてもどこかでおかしいと思うのが当たり前です。違いますか?」
「た、確かに……。どうやら美味すぎるその青草の存在に、某ら心を奪われすぎたらしい。……無念である」
懺悔するモコ父の姿に、モコ母とその子供たちも泣き崩れていた。
しかも「おっとうを殺さないで」だの、「おっとうに酷いことしないで」だの、また俺が悪者にされそうな悲壮感に満ちたセリフが飛び交っており、これはこれはまたまた嫌な予感がしてきたぞ!?
「そ、村長殿。確かに彼らは悪事を働きました。しかし我ら村民、彼らに死罪を望むわけでは……」