第107話 悪魔の手先
「うん、だからね、これは俺たちが畑に植えた苗なの。それをアンタたちが勝手に抜いて食っちまったのね。だから泥棒だっつってんの。意味わかる?」
「……はぇ!? 何を適当な、悪魔の手先が適当なことを抜かすな!」
今度はプンスカ怒り始めたぞ。
どうやら本人たちは畑から苗を盗んだ自覚がないのか、反省の色がみられない。
これはいけませんね!
「それにあの水源もだ。俺たちの水瓶から勝手に盗むのはいただけないなぁ。こちらもダブルで泥棒ですからね」
「す、水源だと!? あれは某どもが苦労して地下を掘り進め、ついに見つけた水脈から得た『黄金水』なるぞ。決して盗み出したものなどではない!」
どうにも話が噛み合わない……。
俺はさらに一発おでこにチョップし、ちゃんとこっちを見なさいと指を立てる。
「あのねぇ、俺も鬼じゃないから手荒なことはしたくないんだけど、そっちがその気なら、こちらもそれなりの対応をしなきゃならないのね。……なら選んでもらおうか。ここで終わるか、……それとも本当のことを言うのか」
グッと腹に力を込めて質問する。
あわあわと冷や汗を流しながら息を飲むモコ父は、それでもドスンとあぐらをかいて座ると、腕を組んだまま「某、決して嘘はつかん、やるならやれ!」と覚悟を決めて首を差し出すじゃないの。おいおい、ちょっと待ってくれよ……
「埒が明かないな……。ちょっと悪いんだけどさ、キミら四人とも俺についてきてもらえるかな。場所を変えて話し合おう。ま、断ったところで連れてくけどね」
俺はよいしょと四人を小脇に抱え、地下の穴蔵から村の外れにある水瓶へと戻った。そこではいつまでも戻らない俺のことを案じた村人たちが総出で水中の捜索を行っており、水際でオロオロしているリッケさんに「すんませんすんません」と外回りのサラリーマンのように声を掛けた。
「え、そ、村長!? 村長は水の底に潜ったまま行方不明になっていたはずじゃ!?」
「なんか通路の底に穴が開いてたみたいで、そこから地下に引き込まれちゃいまして。でもそのおかげで、こんなものを拾いましたよ」
「村長が見つかったぞ!」と安堵している面々をよそに、俺は小脇に抱えた四人をリッケさんの前にポンと座らせた。状況が理解できず「はい?」と首を傾げている彼女に、俺はたった一言、「こちら犯人さんです」と伝えた。
「は、犯人……だと?」
「水底に繋がってた地下で見つけました。どうやら彼らが俺たちの苗と水を盗んだ犯人みたいです」
「某ら、犯人ではない!」と断固反論するモコ父の額にチョップした俺は、どうにも話が噛み合わない彼らの状況をリッケさんに伝えた。
「村長、一度整理させてもらっていいかな。ええと、まず彼らはどこの誰ですって?」
「ですから、先日俺たちが植えた苗を食べた犯人で、しかも水瓶の底に穴を開けた犯人さんです」
「……ふむふむ、なるほど。……もう一度よろしいですかな?」
「ですから、今回の事件の犯人さんたちです」
「…………ハァッ!? ……なん、だと? 貴様らか……、貴様らが、この私の仕事を増やしてくれた張本人か!?!? このクソ忙しい時期にやらかしやがった元凶かぁ、クォラァー!」
どうやら怒りに支配されていた脳がようやく全てを理解したらしく、リッケさんが鬼の形相でモコ父以下四人に巨大な顔面を突きつけている。蛇に睨まれた蛙状態で仰け反った彼らは、俺のときとは比較にならないほど恐怖に引きつった顔で恐れ慄いていた。嗚呼、リッケさん怖い……
場を収拾するため、集まった村人を一旦解散させた俺たちは、四人を連れて自宅へと戻り、そこで彼らの処遇を決めることにした。自宅へ戻る間も、彼らは頑として自分たちの非を認めようとせず、議論は平行線のままだった。
リッケさん、マーロンさん、そして俺(+ポンチョ)に睨まれてもなお口を真一文字に結んだままなモコ父は、「やるならやれ」と聞く耳を持たない。俺はどうにも彼らの対応に苦慮し、リッケさんに意見を仰いだ。
「どうしましょう。彼らずっと『自分たちは盗みなどしていない』の一点張りなんですが」
「ふむ。しかし妙ですな。開き直るにしても、普通はもう少しそれらしいことを言う気がしますが。それっぽい言い訳をしてみるとか」
「武士は嘘などつかぬ! 我ら、誰に恥じることもしておらん!」
「……ずっとこの調子で。そもそも悪気がなさそうなんですよね」
「悪気などあるものか! そもそも某ら、悪事など一つとして起こしておらぬ。自分に恥じることなど、あるわけもなし!」
モコ父の言葉に、背後で震えているモコモコ(※モコ母)と二人の子モコモコ(※モコ子)も大きく頷いた。それにしても、よくぞここまで自信満々に言いきれるもんだ。
「ですから何度も言いますけど、キミらはウチの村で栽培してる苗を盗んで食べちゃってるし、水瓶の水も盗んでたでしょ。言い逃れできると思ってるの?」
「やっておらぬものはやっておらぬ! 某、決して嘘などつかぬ!」
ここまで居直られると、だんだんこちらも腹が立ってくる。
しかしムッとした俺がモコ父のおでこにチョップしようとしたところ、なぜか頭の上にいたポンチョが割って入った。
「むっ、なんだポンチョ氏。邪魔してくれるなよ」
「め! ポンチョ、イタイいや!」
「いや、別に本気で叩くわけじゃ……」
「イタイ嫌い! トア、いたいダメ!」
珍しく不機嫌なポンチョに、マーロンさんが我慢できず仲裁に入った。
「大丈夫だよ」とポンチョを抱きかかえるが、イヤイヤ期の子供のように駄々をこねた。
しかし俺は、そこで妙な違和感の正体に気付かされた。
きっかけは、モコ父ではなく、その後ろにいるモコ子二人の様子からだった。
俺は眉をひそめながら、モコ父に大きく目を開けるように言ってみた。
何度かのやり取りの末、ようやく目を開けたモコ父の前に人さし指を立てた俺は、彼に「これ何本に見える?」と質問した。すると……
「む、むむむ、むむむむ、よ、四本……」