第105話 地下の小部屋
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「こ、これは……」
目の前の光景に、その場に出くわした全員が絶句していた。
前回の騒動から一週間後の早朝、村民総出で警戒し、今度こそ犯人を捕まえると息巻いていた最中にそれは起こった。
異変はそれこそ些細なものからだった。
いつものように畑の見回りにやってきたマルさんが準備運動をしながら短い腕を伸ばしていると、どこからともなく妙な音が聞こえてきたという。
ヒュ~という間の抜けた音は、どうやら畑の中央付近から聞こえており、マルさんはなんの気なしに音の出どころを探った。そしてそこで、マルさんは異変を目撃することとなる。
ヒュ~という音がした直後、畑に植えられていた一本の苗が、地面に吸い込まれるように、一瞬にして姿を消してしまったのだ。しかも音は続け様に鳴り響き、そのたびに一本、また一本と苗を地面に吸い込んだという。
慌てたマルさんが減っていく苗の行方にパタパタ混乱している最中も、周囲から秒毎に一本、また一本と苗が消えていく。慌てているマルさんの声に気付いてやってきたシルシルも、その異様な光景を目撃していたひとりだ。
「あれはまるで怪異を見ているようだった。地面に刺さっていた苗が、一本、また一本と地面に吸い込まれていったのだ。まるで土が苗を食ってしまうかのように、それはそれは静かに、かつ巧妙に減っていった。我らはそれを見ていることしかできず、マルとともに呆然とするばかりだった」と。
そしてシルシルに呼ばれた俺たちが畑を訪れたときには、植えられていた苗は根こそぎもっていかれ、ただの一本も残ってはいなかった。
「こ、これはどうして……」
畑に集められた全員が、言葉なく立ち尽くしている。
さすがの俺も困惑するばかりで、この状況を直視しているのが辛かった。
みんながあれだけ頑張って植え直してくれたというのに……
「……マルさん、これはどういう状況なんだろうか?」
「うぇぇぇん、やられたんだな、やられちゃったんだなぁ、うぇぇぇん」
泣き止まないマルさんの頭を撫でながら、俺は畝だけになってしまった畑の一角でしゃがみ込んだ。そして完全にしてやられた苗があった場所を覗き込み、指先を突き刺してみる。すると穴底は耕されたかのように柔らかく、というよりもむしろ、抉られた後かのように空洞化していた。
「上から盗むのが難しいのを悟り、今度は地下からやってきたってか。相手さん、随分とやってくれんじゃないの」
どうやら地下から侵入した何者かが植えられた苗の一本一本を強奪(or捕食)していったらしい。しかもそのやり口は巧妙そのもので、もっとも見回りの人が少ない時間を狙い、有無を言わさず実行しているあたり、相当にタチが悪い。
などと俺たちが畑の現場確認をしていると、今度はリッケさんたちが酷く慌てながら駆け寄ってきた。どうやら数日前に俺たちを呼んだ猫族の水源担当者も一緒のようで、俺はまた嫌な予感に襲われる。もう勘弁しておくれよ……
「そ、そ、村長ー! 大変だ、すぐにこっちへきてくれ!」
俺の姿を見つけるなり、慌てて腕を引っ張るリッケさん。
「水瓶が、水瓶が」と繰り返しているところを見るに、どうやらまた水源で何か起こっているらしい。ハァ、今度はなんなのさ……
「水瓶の水が、今度は完全に止まってしまったんだ! 水の量もどんどん減っているし、このままでは畑に回す水がなくなってしまうぞ!」
呼ばれるまま慌てて水瓶に出向けば、確かに流れ込んでくるはずの水はピタリと止まり、むしろ逆に流れていく始末だ。確認のため取水源である泉を覗いてみるも、泉の水は雪解けの水が混ざり込み、むしろ増えているくらいで問題無いように見える。これではまるで――
「誰かに嫌がらせされてるみたいだな。少々やり過ぎなほどに」
俺に怒られると覚悟している猫族の担当者に「大丈夫大丈夫」と前置きした俺は、まだ頭上で眠っていたポンチョをリッケさんに任せ、すぐ水底へと飛び込んだ。そして再び泉に繋がっている導線に入り込み、水が減っている原因を探して進んだ。すると数秒もかからぬうち、激しい水の流れが俺の身体を襲い、引き込まれるまま水流に飲み込まれてしまった。
「おいおい、どういうことだよ!?」
本来の流れとは逆方向へ流れていく水は、激しい渦を起こしながら逆方向、逆方向へと進んでいく。そして水の流れがピークに達したところで、突然真下にストンと落下した。
俺はウォータースライダーに流された大根のように、もともとあった導線から逸れ、わけもわからぬうちに地下の異空間へと迷い込んでいた。
「なんだよここは! こんな道、俺は作った覚えがないぞッ!?」
細く長い通路を流されるまま進んだ俺は、次の瞬間ポンッと宙に放り出された。
そして突然開けた空間にドスンと尻から落下し、呆然とする。
……どこだここは!?
水が流れ込む小部屋……?
振り向けば、村から流れ出た水が延々と滴る滝があり、ざぁざぁと音を立てている。
俺はパチンと指を鳴らし、薄暗い周囲を照らしてみた。
六畳程度の狭い空間に、常時水が流れ込んでいる。
そして俺の目の前には、明らかに人為的と思われる手洗い場のようなものが。
「なんだこれ」と疑問を口にしたところで、狭い空間の先で、「ガシャン!」と音が響いた。