第104話 不吉な予感
名指しで呼び止められた以上、振り返らないわけにはいかない。
ロボットのように振り返った俺は、「ナンデショウカ」とロボットのように返事した。
「なんすかその声……。そんなことより村長、少々問題が発生しておりまして、私と一緒にきていただけますか?」
「え゛? また事件ですか……」
「またとはどのような意味で? ……とにかく歩きながらお話します。マーロンさん、アナタも一緒にきてください」
ひとまず俺はマルさんたちに苗の植え直しを指示してから、呼ばれるままリッケさんの後に続いた。しかしどうやら彼女は相当不機嫌な様子で、右目のメガネを激しく上下させながらずっと舌打ちしっぱなしだ。嫌な予感しかしないぞ!!
「そ、それで今回は何が……?」
「以前お願いしていた水瓶の件で、少しばかり問題が」
「水瓶……? それって、以前ピルピル草の栽培をするときに用意したあれ?」
「ええ、そこで問題が生じていると。あああああ、このクソ忙しいときに限って、面倒なことが次から次へと!?」
い、イライラしていらっしゃる。
とてもイライラしていらっしゃる。
これは心して話を聞かねば、また怒られてしまうに違いない!!
「それで水瓶に何が……?」
「水瓶、というより、その大元となる『セデスの泉』に問題が生じているようで」
「セデスの? ……もしかして水がなくなっちゃったとか!?」
通称、セデスの泉。
その泉は森の東側最奥地のほぼ全域を満たすほどの水量を誇る水源であり、影から森全体を支えている最重要地点だ。俺たちの村で使用している水のほとんどが泉から得られたもので、この場所が使えなくなってしまうと、途端に村営が立ち行かなくなる。それだけは絶対に避けなければならない!
「い~え、水量に関しては長雪の影響もあって溢れるほどあるはずなんですが……」
どうにもリッケさんの口が重い。
なんだか話を振りづらいんですけど!
「だったら何が問題なんです?」
「それがわからないから困っているんですよ! 以前ピルピル草の栽培を行うにあたって大量の水が必要になった際、泉から引いた水を貯めておく水瓶を村長に作ってもらいましたよね。どうにもその調子が悪いらしくて」
「え? それだと水瓶が原因な気がするんですけど……」
「とにかく一度現場を見てください。私ではどうにもなりません!?」
イライラが爆発しているリッケさんに連れられるまま現地を訪れた俺たちは、見るからに水量が減ってしまった水瓶を見下ろした。そこはピルピル草栽培地の上に位置する高台に作られたいわゆるプール地帯で、セデスの泉から繋げた導線を通じ、水が流れ込むように準備した場所だった。
現場では原因がわからず右往左往している猫族の担当者が頭を抱えており、未だどうにもならない状況を憂いていた。
「随分水が減っちゃったね。どんな感じなの?」
マーロンさんの質問に首を振った猫族の管理担当者。
見たところチョロチョロ流れる程度の水は引き込めているみたいだけど、泉の水量から考えると、あまりにも引き込み量が少なく見える。
「見てのとおり、どうにも水が流れ込まなくてな。以前村長に聞いたサイフォンの原理なる方法で下の泉から水を引いているのだが、なぜか数日前から量が減っているらしいのだ」
「なるほど。だとしたら経路に問題があるのかな。水路は確認してみた?」
「彼ら担当者が言うには、表から見える経路上に目立った問題はなかったと。ただマーロンさんや村長ほど水に長く潜っていられる者がいないので、水の底の方は検討もつかないってさ」
「ああ……」と相槌を打つ俺。
なるほど、そういうことですか。
早い話が、俺たちに水底へ潜って見てほしいってことね。
「わかったよ。ちょっと底を見てくるから待ってて」
その場で深呼吸を数回繰り返した俺は、最後にこれでもかと息を吸い込み、鼻の穴に魔力で栓をした。そして水瓶に飛び込み、穴底に作った泉へと繋がっている導線に潜り込んだ。
本来であれば身体が押し戻されてしまうほど水量があるはずなのに、やはりどうにも勢いがない。
俺はそのまま細い導線に入り込み、どこに原因があるのかを探した。
暗い通路を辿るうち、突然妙な引力に身体が引き込まれた。何事だろうと力の強まったポイントを覗けば、何やら異変が。どうやら導線の一部が破れており、水が地下へ漏れてしまっている。これはいけない。
俺は用意しておいた接着用粘土に自分の魔力を混ぜ合わせ、水漏れしているポイントに塗り重ねていった。それにしてもなぜこんなところが破れるんだろうと首をひねりながら、数分で補修工事を済ませ、地上へ戻った。
「ぷはぁッ! ほい、補修完了と。理由はわからないけど、穴底の地下導線の一部に穴が開いていたみたい。適当に直しておいたから、しばらく様子を見てみてよ」
補修の効果なのか、戻るなり引き込みの水量が明らかに増し、ドボドボ音を立てて流れ始めた。
どうやら原因は先程の穴だったらしく、ホッと皆が胸を撫で下ろした。
「さっすが村長、頼りになりますねー(棒)」
「なんなの、その棒読みのセリフは。全然心がこもってないんですけど。それにしても、なんだか変なところに穴が開いてた気がするなぁ。近頃この辺りで何か事件でもあった?」
「特に連絡は受けておりませ~ん。そもそもそんな事件があったら、村のみんなはまず私じゃなくてアナタやマーロンさんに連絡をするはずで~す」
「買いかぶりすぎですって。リッケさんはもっとご自身に自信を持っていただかないと困ります。それでもって、今後は我が商会の代表として――」
「それはダメ~。私は難癖係ですから」
ビシッと拒否した彼女は、ひとまずこれで様子を見てみましょうと担当者の肩を叩いた。どうやら便利屋として呼ばれただけの俺とマーロンさん。ともに涙目です……
「しかしこうも立て続けに問題が起こるなんて、嫌な予感がするね。誰か呪われてるんじゃないの? ハハハ~」
などと俺が軽口を叩けば、一斉に向けられる視線。
「それを村長が言ってしまっては……」と絶句している水源担当者の言葉に、二人も激しく同意し頷いていた。
「これで確定しましたね。どうやら村長のせいで、また何か起きそうです。困りましたね、これは緊急招集が必要かもしれません」
「確かに。ハクが変なこと言い出すといつも何か起きるし、これもきっと何かの前触れだね。待ってて、族長たちに声かけてくる!」
リッケさん、それにマーロンさんまで……。
さすがにそれは酷くないっすか……?
しかし俺の悲哀など無視するかのように、皆の不安は的中することとなる。
その一週間後、まるで全員が予見したかのように事件は忍び寄るのだった――