第001話 死して尚、生を求める
6/28より新作開始しました!
28日中に30話程度更新し、以降毎日1~2話更新(※朝7~8時、夜8~9時頃)の予定です。
どうか一気にお読みいただければと思います!
―― ッガッァッツ!!
抉れた腹からは血が流れ、穴のあいたノドからは空気が漏れ、ずっと嫌な音色を奏で続けている。両の足の肉は削られ、右目は既に潰れて見ることすら叶わない。とめどなく流れてくる血液が頬を伝って口に入り、気管を逆流しようとする黒い濁流を、咳反射だけがかろうじて食い止めていた。
魔力などは、とうの昔に切れている。回復薬どころか、仲間のひとりすら今の俺には残っていない。自分自身をこの世にどうにか繋ぎ止めてくれていた最後の絆にすら裏切られ、俺は今、こうして最期のときを待ちほうけている――
死ぬのは、もう二度目か。
一度目は、確か20年ほど前だ。九州の某企業で農薬開発の研究員をしていた俺は、開発中だった薬の取り扱いをミスり、誤って大量吸引したことにより間抜けにも死んでしまった。薄っすらゆっくり消えていった意識が再び戻ったのは、ひとつの家具すらもない、荒屋の一角だった。
転生した家の親は、俗に言う『毒親』だった。父親は仕事もせず毎日酒浸り。気に食わないことがあれば、誰彼構わず暴力を振るうような糞人間だった。片や救いがあるかと思えば、母親の方も最悪で、俺のことなどお構いなし。男を取っ替え引っ替えし、まともに帰ってくることすら少ない屑野郎だった。普通さぁ、転生後は明るい最高のチート生活が待ってるんじゃないのかよ。あれはマジで最悪な毎日だった。
そうしてようやく三歳になった頃だ。糞親は、俺のことを躊躇なく国家の機関に売り飛ばしやがった。食事すらままならないから、まともに成長もできない俺を、奴らは笑って売りやがった。今考えても、本当に糞が糞をまとったようなゴミクソ人間たちだったよ。
チート能力だけでなく、コネや金すら手に入れる前に売られちまった俺は、エルズマート王国という王政国家が裏で管理している暗殺者ギルド、『双竜の爪』に着の身着のままぶち込まれた。
そしてギルドの管理者であるメルトンという男の手により一方的に従者の契約を結ばれた俺は、奴らに絶対服従の証である神託之首輪を首にはめられ、完全に自由を奪われた。それからはただ殺戮を実行するためだけに存在する暗殺者として育てられた。
ただただ事務的に、暗殺対象であるターゲットを消すためだけに存在している生き物。それが俺という存在だった――
五歳になった頃、この世界で誰もが経験する『天啓』という強制イベントによって得た『調合師』というスキルが、さらに俺の闇落ちに拍車をかけた。
物質を組み合わせて調合することができる俺の固有スキルは、暗殺者という闇の仕事を遂行するにあたり、この上ない能力だった。叩き込まれた暗殺術、潜入術、体術などの基礎能力に加え、毒生成や拷問術に関する卓越した能力を開花させた俺は、殺し屋としてすぐに頭角を現し、齢八歳にして『常闇の殺戮者』の二つ名を得るほどの殺戮マシーンとなっていた。
国内外問わず、事あるごとに駆り出された俺は、国の暗部で死に物狂いに生き抜いた。逃げることは不可能。そして殺らなければ自分が殺られる。逃れられない闇の輪廻は、否が応にも俺の手を黒く汚れたものに染め上げた。
そして20歳になった頃、俺はこの国の最高戦力の一つとして数えられる『七遂聖』の一人として数えられるまでになっていた。しかし時を同じくして勃発した国を二分する最悪の跡目争いに巻き込まれ、俺はエルズマート王の長兄であるモライルズに裏切られ、俺を除いた『七遂聖』の六聖者に命を狙われる事態に陥った。
「 お前は知りすぎた 」
やってきた六聖者のひとりが口にした言葉が印象的だった。
国の暗部を担い、汚れ仕事を実行してきた俺の存在を危うく思ったからか、それとも力を持ちすぎた危険因子と見たかはわからない。どちらにしても、俺は国内最強を誇る元仲間だった奴らに裏切られ、辛酸を嘗めることとなる。
だが簡単に殺られてやるわけにはいかない。俺は全身全霊をかけて抵抗し、敵対する六聖者のうち五人をこの手にかけた。しかしその代償は大きく、疲労や傷は重なり、俺はいよいよ追い込まれた。そして最後の一人、『剣聖』バイラルーフの一撃によって身体を貫かれた俺は、瀕死の重症を負わされた――
「諦めろ、お前はよくやった。これ以上の抵抗は意味をなさぬ」
「黙れ糞三下が! 剣聖だかなんだか知らねぇが、俺を簡単に殺せると思うな、裏切り者のクソ雑魚がァアァッ!」
一対一なら、まず負けない自信はあった。しかし限界を超えていた俺の身体は言うことを聞かず、『相打ち』で互いに地面を転がった。『剣聖』などという大層な二つ名を持つクソ野郎の心臓を貫いた感触に打ち震えながら、俺はいよいよ冷たくなっていく自分の身体を頭上から俯瞰に眺めて呟いた。
「―― ったくよぉ……、どんだけツイてねぇんだ、俺の人生」
思えば散々だった。
自分で開発した毒を吸い込んで死んだかと思えば、今度は毒親に売られ、最後は毒組織にどっぷり浸かった挙げ句、世界最高戦力の一つに数えられる『剣聖様』にぶった斬られて最期を迎える。
神様よぉ……
確かに俺は、この世界で数え切れないほどの奴を殺したよ。しかし好きで手にかけたことなんか、一度だってなかった。
アイツも、アイツも、アイツもアイツもアイツもアイツも、一度たりとも望んで殺したことはなかった。
それにな、どいつもこいつも最期の最期は、本当に悲しい顔をしやがるのさ。
俺が俺の獲物を奴らの喉元に突き立てる瞬間、奴らは決まって恨みの積もったような細い目で俺のことを見つめるんだ。
殺してやる。
必ず貴様を呪い殺してやる、ってな。
殺意の坩堝に飲まれた俺が、まともに死ねるだなんて思っちゃいないさ。だけど一度だって俺は、この生き方を肯定したことはなかったよ。
「――っきしょう、息が、息ができねぇ。目が霞んできやがった」
息苦しさから、俺はノドを締め付ける忌まわしきモノを爪で引っ掻いた。俺の自由を奪っている神託之首輪は、こんなときでも俺を離さず、ただ暴力的に俺のことを拘束する。この魔道具を付けた男など、もうこの世にはいないのに――
「ガハッ、ゴホッ! ……駄目だ、これ、……もう、シ、ぬ…………」
三途の川ってのは本当にあるんだな。
俺自身が、対岸の向こう側で、こっちへこい、こっちへこいと手を振ってる。
しかし最悪な人生だった。
殺し殺されの極悪ループ。もし次があるのなら、こんな糞世界はノーセンキューだ。自分の手すら汚さないクズに良いように使われるだけの毎日など、思い出すだけで反吐が出る。自死すら封じられたどうにもならない毎日は、『地獄』という言葉以外にどんな言葉が相応しいだろうか。
「さみ……、さみぃよ、はや、く、ころし、て、くれ、……よ」
近くにいた者たちは、証拠隠滅のため剣聖の野郎に例外なく全て消されていた。俺にとどめを刺せる奴はもう残っていないだろう。六聖者の大バカ野郎どもすら、今やただの無様な肉塊になっている。こんな俺なんぞを殺すために命を落とすなんてよ、馬鹿に馬鹿を上乗せした最上級の大馬鹿野郎だよ、お前たちは……
「せっかく、なか、仲間になれたと、おも、思った、のに、よぉ……うグッ」
肺から吹き出した血が逆流し、口からあふれた。呼吸できず、震える全身から熱が発散されていく。
死ぬ。
白んでいく視界が、今際の際で俺を繋ぎ止めていた。
どうせなら最期まで眺めていけや。
今まで殺してきた者たちにそう言われた気がして、俺は左目だけになってしまった目一つで、ただ真っ直ぐ、闇夜に輝く夜空を見つめていた。すると――
ト~ア、だいじょ~ぶ?