PART 5 セーフティネット
第1話 昔取った杵柄
◆侘び住まい
団地の掲示板に料理教室の案内を出したところ、五〇人近くの申し込みがあった。男性が多かったのは、意外だった。
「妻に先立たれ、毎日ほとんど同じ料理を食べている。もういやになっちゃったよ。それに、ひとりの食事は寂しくていけねえや」
ある男性は申し込みに訪れ、しみじみ語っていた。
「料理なら、任せてよ。病院で三〇年間、食事を作ってきたのだから」
その女性は、朝四時起きで出勤していた、と現役時代の苦労を語った。
◆都市化
友人と二人で卵を買いに行った。
バスの終点で降りた。周囲には小さなアパートや民家がポツポツと建っていた。
おばあちゃんの家はすぐ分かった。庭が広い。二人の来訪に気づくや、散らばっていた鶏が、一斉にトサカを上げた。
「昔は、あのアパートの向こうまで、うちの土地だったのですよ。畑の中に引っ越したものですから、風が吹くと、洗濯物が汚れましてね。何回も洗い直したことがありました」
お嫁さんの言うように、今でも、春先には空が暗くなるほどの土埃が、粕原さんたちの団地から見える。乾燥機のない時代は大変だっただろう。
◆頑固者
おばあちゃんもお嫁さんも、卵代を受け取らなかった。
「みんなで食べてくれたらいいの。金払うというのなら、私の卵は売らないよ」
おばあちゃんは頑固だった。後日、何か買って届けることにした。
送ると言うのを断り、健康のために歩いた。バス停の手前で、お嫁さんのクルマが追いついた。
「母が畑からナスを獲ってきまして。『お土産に差し上げなさい』と」
お礼を言いに戻りたい心境だった。
第2話 サークル
◆広がる輪
元調理師の作ったレシピを基に、何種類かの卵料理が出来上がった。
卵を割った時の驚きようと言ったら、なかった。どの班からも、どよめきが起きた。
「こういう会を月二回くらいはやってほしいな」
何人かから要望が出た。それは粕原さんたちも考えていたことだった。
「オレ、仲間に声かけしてもいいぜ」
さらに男性が増えそうだった。
◆痴漢息子
あるグループが大笑いしていた。
オレオレ詐欺を撃退した話だった。
「新宿警察からだという電話があったのよ。『息子さんが電車の中で痴漢をしましてね。相手は示談で済ませてもいいと言ってるのですが』って」
その女性は息子に代わってもらった。息子は泣いている。
「分かったわ。刑事さんと話させて」
刑事が再び出た。
「痴漢をするような息子を産んだ覚えはありません。もう親でもなければ、子でもない。どうぞ、裁判にでも何にでも、かけてやってください」
電話を切った。
女性は生涯独身。出産の経験もなかった。
「その話、面白いねえ。今度みんなの前でしてよ」
粕原さんがお願いすると、女性は快諾した。
◆信頼関係
触発されて、いろいろな体験談が出てきた。
「私もおんなじ電話だったのよ」
その女性のケースでは、電話を切って、息子に連絡した。
「何なんだよ。会議中だったんだよ」
息子は怒った。
「さっき、警察から、お前が痴漢したので捕まえてるって連絡があってね」
「まったく。しょうがないことで電話なんかするなよ」
絶妙のボケと突っ込みだった。
<以下未公開>
Amazon 電子書籍では無料でご覧いただけます
https://www.amazon.co.jp/%E5%92%8C%E8%A3%BD%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC-%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%81%8A%E3%81%B0%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%82%82%E5%85%83%E6%B0%97%EF%BC%81-%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%AB-%E5%B1%B1%E8%B0%B7%E9%BA%BB%E4%B9%9F-ebook/dp/B0DC3Q46DY