表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/61

第2話:祝いの肉は宵に香る

 その日、《ドンネル屋》の前に珍しく小さな行列ができていた。

 普段は客が一人、二人とぽつぽつやってくる程度の店に、

 陽気な声を上げる若者たちが何人も立っている。


「バルクさん! 今日は“お祝い用のやつ”、用意してもらってます?」


 店の奥から出てきたバルク・ドンネルは、相変わらずの無表情で頷く。

「……祝い事、あんたのところだったか。ギルドの昇格試験、通ったのか」


「ええ、やっとD級に昇格しました。仲間3人と一緒に。だから今日は、少し“いい肉”を食いたくて!」


 差し出されたコイン袋は、ずっしりと重かった。

 貧乏な冒険者にしては、ずいぶん弾んでいる。


 バルクはひと目、その袋を手に取り、中身の“金属の重さ”を感じた瞬間──

 左目、《観肉の眼》がふっと反応した。


(……ちょっと重すぎるな。正規報酬にしては“質”が違う)


 だがそれ以上は何も聞かず、バルクは静かに頷く。


「……わかった。仕込んである。“火に負けない肉”だ。今日は……そうだな、“火角獣(ひかくじゅう)”の肩ロースを使った燻製。祝宴に合う」


 奥から引っ張り出された巨大な肉塊は、香ばしい脂と柔らかな筋が混在する部位。

 一度火を通せば、炎の香りと肉の旨味が絡み合い、祝杯にぴったりだ。


 若者たちは大はしゃぎで金を置き、肉を持って出ていった。

 バルクは最後に、ひとり残った男──先ほど金袋を出した青年に、ぽつりと問う。


「……祝いの日に、ギルドを通さず肉を買いに来るのは、よほどの理由がある時だ」


 青年の顔に、少しだけ影が落ちた。


「……すみません。でも、これは仲間の最後の報酬で──あいつ、間に合わなかったんです。

 だから今日は、ちゃんと美味いものを焼いてやろうと思って」


 バルクは言葉を返さなかった。ただ、袋の残りをもう一度確認し、数枚の銀貨を返した。


「……これは、あいつの分だ。火にくべるか、杯に添えるかは、あんたたちで決めな」


 青年は目を見開き、少しだけ笑った。


「……ありがとうございます。やっぱり、バルクさんの店に来てよかった」


 祝宴の肉は静かに煙を上げた。

 笑い声とともに、亡き仲間の名前が一度だけ呼ばれた。


 バルク・ドンネルはその声を聞きながら、店の奥でまた一つ、

「今日の肉の記憶」を包丁に刻んでいく。


 ──明るい顔の裏にある、小さな影。

 肉は、その両方を映してしまう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ