第2話:祝いの肉は宵に香る
その日、《ドンネル屋》の前に珍しく小さな行列ができていた。
普段は客が一人、二人とぽつぽつやってくる程度の店に、
陽気な声を上げる若者たちが何人も立っている。
「バルクさん! 今日は“お祝い用のやつ”、用意してもらってます?」
店の奥から出てきたバルク・ドンネルは、相変わらずの無表情で頷く。
「……祝い事、あんたのところだったか。ギルドの昇格試験、通ったのか」
「ええ、やっとD級に昇格しました。仲間3人と一緒に。だから今日は、少し“いい肉”を食いたくて!」
差し出されたコイン袋は、ずっしりと重かった。
貧乏な冒険者にしては、ずいぶん弾んでいる。
バルクはひと目、その袋を手に取り、中身の“金属の重さ”を感じた瞬間──
左目、《観肉の眼》がふっと反応した。
(……ちょっと重すぎるな。正規報酬にしては“質”が違う)
だがそれ以上は何も聞かず、バルクは静かに頷く。
「……わかった。仕込んである。“火に負けない肉”だ。今日は……そうだな、“火角獣”の肩ロースを使った燻製。祝宴に合う」
奥から引っ張り出された巨大な肉塊は、香ばしい脂と柔らかな筋が混在する部位。
一度火を通せば、炎の香りと肉の旨味が絡み合い、祝杯にぴったりだ。
若者たちは大はしゃぎで金を置き、肉を持って出ていった。
バルクは最後に、ひとり残った男──先ほど金袋を出した青年に、ぽつりと問う。
「……祝いの日に、ギルドを通さず肉を買いに来るのは、よほどの理由がある時だ」
青年の顔に、少しだけ影が落ちた。
「……すみません。でも、これは仲間の最後の報酬で──あいつ、間に合わなかったんです。
だから今日は、ちゃんと美味いものを焼いてやろうと思って」
バルクは言葉を返さなかった。ただ、袋の残りをもう一度確認し、数枚の銀貨を返した。
「……これは、あいつの分だ。火にくべるか、杯に添えるかは、あんたたちで決めな」
青年は目を見開き、少しだけ笑った。
「……ありがとうございます。やっぱり、バルクさんの店に来てよかった」
祝宴の肉は静かに煙を上げた。
笑い声とともに、亡き仲間の名前が一度だけ呼ばれた。
バルク・ドンネルはその声を聞きながら、店の奥でまた一つ、
「今日の肉の記憶」を包丁に刻んでいく。
──明るい顔の裏にある、小さな影。
肉は、その両方を映してしまう。