表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨上がりの跡地

作者: 雨谷 咲

「自らの粗に一つ一つ釘を刺すのは御法度だと思わないかしら、ねぇ」

母はたられば言いながら、墓の前にしゃがんで線香に火をつける。

「あぁ、そうだな」

父は一歩後ろで見守っている。

「…」

「…ほら、雅もうんとかすんとかなんとか言いなさい」

「すん」

隣に並んで立っていた事勿れ主義の私は肘で小突かれ、渋々開口した。

「よろしい」

それでいいのか、と私はずり落ちそうになった花束を持ち直す。父から許しを得たのは、父にとっての粗が、どんな物事であろうと他人事で酷くテキトーだからなのか。私には知る由もない事だ。知る必要もなくていい。この思考すらも不必要だろう。

「雅、花を」

「うん」

今度は小突かれないようにうんを口にして、 母に花束を差し出す。途端、酒をかける如く、百合の花々を墓の上から散らせた。周りに散らばる花々は、心做しか先程よりも数cm萎れた気がした。


今日は年に一度の弟の墓参り。今年は17周忌目。弟…といっても、正確に言えば双子の弟。

3歳の時に交通事故で即死したのだ。名前は何と銘打たれていたか…もうとっくの昔に記憶の底から抜け落とした。彼には「幼くして死んだ不憫な男の子」の座があてがわれているからだ。


弟が死んだあの日あの時あの情景。4月7日午後4時25分32秒、東京都世田谷区××××にて。

母は白と青を基調とした花柄のワンピースにスニーカー。肩につかないショートヘア。父は白のポロシャツに青のジーパンに革靴。髪はなんだろうか。私は大きな真紅のリボンに純白のワンピース、黒のパンプス。髪を外巻き。

弟が死んだ場所で、同じ時間で、同じ服を着て。会話は毎回違う話を持ちかけているが。警察が現場を再現するかの如く、私たち家族は徹底的にあの日を再演している。


「ねぇねぇ、なんで雅は同じ服着なきゃいけないの??」

ものの分別もまともにつかなかった幼少期。弟に新しい服を自慢したかった私は、3周忌目で不満を漏らした。身体が大きくなり過ぎてワンピースも靴も悲鳴をあげたいたし、パツパツで不格好で品がなかったのもある。

「他人の粗に一つ一つ釘を出すのは御法度だと思わないかしら、ねぇ」

拳を振り上げてきたから、それ以降墓参りではうんとすんしか口にしなくなった。


「ねぇねぇ、あいつらなにやってんの??ここ大通りの歩道だけど!?」

「墓立ってるし!?どゆことどゆこと!?」

「こんなとこで墓参りとかウケるんだが。Tiktok撮ったらバズるっしょ笑笑」

弟が死んだ信号の電柱前にお墓を無理やり立てて、毎年お墓参りをしていたら、流石に周りの視線を集める。それに気づいたのは8周忌目だった。

「ねぇお母さん、人に見られてるよ。早く帰ろう」

くいくいと母のワンピースを引っ張ると、無言で手を叩かれた。この時ばかりはうんとすんと拳を忘れていて、些か気が緩んでいたように思う。それ以降、絶対にうんとすんだけにすると心の中で誓った。

あとの墓参りはもう、花束を持って、うんとすんだけに留めている。


「さ、行きましょうか」

母は立ち上がり身を翻して、停めてある車の方向へと向かう。弟の命日は私の誕生日でもあって、これから私は20歳になる。17年前のあの日も、お祝いの為にファミレスへ向かうところだった。ここからは私の時間だ。

「そうだな」

父も母の後ろをついていく。父はうんともすんも言わないが、そうだな、と、母の発言の肯定を促す発言のみ許されていた。大人は自由で羨ましい。

「帰るわよ、雅」

「うん」

そして誰よりも自由であるのは、生から逸脱した弟で、誰よりも束縛されているのは、生を謳歌することを全面否定された私。あぁ恨めしい。

墓を凝視する。17年も経ったとは信じれない程の輝きと熱を帯びている。多分、墓の中で弟はまだ生き続けているのかもしれない。

墓を凝視する。微かな線香の匂いが鼻腔を擽る。

きっと弟は私のことが誰よりも自由で恨めしいと感じている。彼は視覚的にしか物事を測り取れない。他人を思いやる人間地味た心は、疾っくの疾うに天使にもぎ取られてしまっているから。

鳥籠の中随分と過保護に可愛がられて。私も彼と同じ籠に入りたい。籠があるのなら入りたい。私は心身の自由を求めている。その対価として、身体の自由は犠牲にしなければならないだろう。果たして、弟は幾重もの思考を重ね、大人になったのだろう。

 

家族は宗教だ。洗脳だ。鳩尾だ。

墓参りではうんとすんしか許されないし、両親が喧嘩をすれば無言を貫き通せねばならない。墓を凝視する。

ファミレスに向かえば美味しいを連呼し、プレゼントを貰った暁には、有難うの嵐。墓を凝視する。

自らの粗に一つ一つ、丁寧に釘を刺して、私は今を生きよう。心にまた新たな誓いを立てた。墓はすんと鳴いた。

「なんか変で気持ち悪い家族」を書きたくて書きました。お墓参りってなんかしんみりとしてて、気持ち悪いですよね。死者を弔う行為自体は大事なのですけれど。ご先祖さまのお墓参りに行く時、祖母や祖父は何を思っているのだろうと考えます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ